約 3,225,819 件
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1934.html
空はすっかり機嫌を損ねてしまった様子で、暗雲が幾重にも重なり その中をまるで龍が走るかのように稲光が瞬く。 ピカピカと薄暗くなった空を照らす雷に紛れるように一筋の光が地に落ちた。 雷の戦士が降り立ったのだ。 雷光とも謳われた、最速の魔導師フェイト・T・ハラオウン…… またの名を、仮面ライダーザビーが戦場へと躍り出た。 魔法少女リリカルなのはsts masked rider kabuto こちらを威嚇するような不気味な唸り声を上げるワームにむかってザビーは射抜くような視線とともに歩を進める。 眼前の怪物達は、突如として割り込んできた自分の存在に戸惑っている様子だ。 群れの一匹が意を決したようにこちらに突進してきた。 がむしゃらに振るわれる一撃をかわしつつ、ザビーは敵の様子を観察した。 やはり、サナギの知能は高くない。 その証拠に、複数体いるにも拘らず統率のかけらもない戦法で襲い掛かってくる。 自分を取り囲むように前後左右からの攻撃を、ザビーはその頑強な装甲で受け止め、逆に拳の一撃をお見舞いする。 続けて裏拳を背後に陣取ったワームに叩き込む。 たまらず仰け反るワーム達 迫り来るワームの姿は、未来永劫見慣れることがないであろう醜悪なものだ。 呪詛のようにも聞こえる唸り声は耳障りなことこの上ない。 その全てが、勤めて冷静に対処しようとするザビーの・・・・・・ フェイトの闘争本能を刺激する。 脳裏にフラッシュバックする記憶を打ち消し、拳を振るう。 ぐっと歯を食いしばり無心にならなければ、怒りで我を忘れてしまいそうだ。 横目にスバルとティアナを見やると、ワームの群れは二人に興味をなくしたのか 一匹残らずこちらを相手にしているようだった。 四方を囲むワーム…… そろそろ、頃合いか。 「キャストオフ!」 〈〈CAST・OFF〉〉 その一言で、ザビーを取り囲んでいた10体以上のワームは一掃された。 彼女がしたことといえば、左腕のデバイスをくるりと180度回転させただけだ。 キャストオフ。 読んで字の通り、マスクドフォームとして全身を包んでいた装甲をパージすること。 いや、脱ぎ捨てると言うよりも脱皮と形容した方が適切であろう。 装甲排除だけが目的ではなく、四方八方に猛スピードで装甲を弾き飛ばす一種の強力な 質量兵器でもあり、ヒヒイロカネと呼ばれる特殊金属で構成されたマスクドフォームの 装甲は、事実上ミッドチルダに存在するどの金属よりも強固であり、魔力弾以上の初速で 弾き飛ばされた装甲が命中すればワームなど簡単に撃破できる。 もっとも、それが有効なのは「サナギ」だけであるのだが…… 〈〈CHANGE・WASP〉〉 撃破されたワームの体液が蒸発し砂塵のような蒸気が立ち込める中、二対の大きな瞳がぼぅと光る。 仮面ライダーザビー〈ライダーフォーム〉 装甲をパージしたことにより、マスクドフォームの鈍重な見た目と対照的に魔導師本人の体格が顕著に現れ、戦闘時に俊敏な動きが可能となった形態。 その身のこなしは、華麗の一言に尽きる。 (すごい……) 目の前で繰り広げられた戦いに、スバル・ナカジマはすっかり見入ってしまっていた。 足がずきずきと痛み身動きが取れないと言う理由もあったが、突然現れた黄金の戦士 の姿に注目するなと言う方が無理な話であった。 ティアナだけは庇わなくてはと、彼女を背にワームに立ちふさがったスバルだが リバルバーナックルを構える腕は自分でも驚くほど震えていた。 無力な自分をせせら笑うように、膝ががくがくと震えていた。 今、自分はどうしようもなく怯えている。 まるで7年前のあの日のように…… 「誰かを守るということは、それだけ自分もおそろしいモノに立ち向かわなければいけない」 ふと浮かぶのはそんな言葉。 幼い自分に魔法の基礎、そしてシューティングアーツを教えてくれた姉の言葉だ。 その時は当たり前のことだと思ったものだが、今になってズシリとその言葉の意味が響いてくる。 強くなる。強くなって人々を守る…… そうあの日誓っておいて、覚悟を決めておいて…… こうして現実に直面すると自分は足を竦ませ、身動きひとつとれなくなっている。 恐怖心が喉から今にも飛び出さんとする。心が恐怖で氷付けにされたようだ。 それに比べて目の前に立つ戦士はどうだろう。 恐れることなく敵に立ち向かい、戦い、勝利している。 そういえば、その姿は自分を救った天使に似ているような…… 「あぶない!!」 「えっ」 突然、スバルの視界が暗転する。 文字通り身体が一回転したような感覚に陥り、地面にたたきつけられる。 受身をとったつもりだったが打ち所が悪かったのか、まるで自分の身代わりになるように足のローラーブレードがにぶい音を立てて壊れた。 気付けば目の前には新たな怪物の姿。 八つの足を自在に動かしながら飛び掛ってくる新たなワームの姿はグロテスクだった。 「脱皮したか……!」 自分の声がスバルに届く前に、事態は最悪の方向へ進んでしまっていた。 成虫ワームだ。 どうやら一匹仕留めそこなったらしい。 おそらくキャストオフの瞬間に脱皮し、逃げおおせたのだろう。 「あ、ぐぅぅ…」 視界が一気に上昇する。 ワームがスバルを持ち上げるように首を締め上げたのだ。 成虫ワームの力はサナギワームのそれを軽く凌駕しており、首の骨が悲鳴を上げる。 手の力を強め、きりきりと不気味な声を漏らすワームはまるでそれを楽しんでいるようだ。 「っ!!」 スバルを救おうとワームに拳を向けるザビーだが、次の瞬間には動きが止まる。 卑劣にもワームはスバルを盾にしたのだ。 知能も発達し、狡猾になったということか。 無機質な瞳がまるでこちらをあざ笑うかのように見つめる。 (……わたし、ここで死んじゃうのかな……?) (やだ……いやだよ…わたしはまだ、なにもしてない…なにもできてない……) 途切れつつある意識の中、スバルは7年前の記憶を反芻していた。 ただ泣くことしかできなかった無力な自分。そんな自分を救った天使。 忘れようにも、忘れることなどできるはずもないあの時の光景を、託された想いを (誓ったんだ!強くなるって!みんなを守れる人になるって……!) 途端に、消えかかっていた心の炎がかっと燃え上がる。 すべてを凍てつかせるように広がっていた恐怖心が、その炎によって焼き尽くされ 代わりに闘志がふつふつと沸いてくる (そう、だから……こんなところで倒れるわけにはいかないんだ……!) 力なく揺れるだけだった右腕がぐっと握りこぶしを作る。 「ディバイン……っ!!」 なかなか音を上げないスバルに不信感を抱き ワームがスバルの首にもう一方の手をかけようと頃にはもう遅かった。 既にスバルのリボルバーナックルには充分すぎるほどの魔力が集まっていたのだ。 「バスタァァァー!!」 スバルの右腕に魔方陣が展開され、エネルギーの塊が撃ち出される。 ディバインバスター…直射型の砲撃魔法の中でもシンプルなものである。 己の魔力を直接相手に叩き込む荒っぽい魔法で、威力もまちまちだが目と鼻の距離で放たれればひとたまりもあるまい。 事実、胸部にディバインバスターの直撃を受けたワームは、スバルの首から手を離し のたうつ様に苦しんでいる。 「ディバイン、バスター…?」 ザビーは、いやフェイトは少しばかり困惑した。 スバルの放った技の元々の使い手をよく知っていたからだ。 まさかという疑念が胸をざわめかせる。 「やった……」 何度かむせながら、スバルは吹き飛ばされたワームを見た。 と、全身が重くなり、どっと疲労が噴出す。 そのままふらりとバランスを崩すと、スバルはその場に崩れ落ち……なかった。 「わりぃ、フェイト。遅くなった!」 「ヴィータ!ザフィーラ!」 倒れる寸前の所をザフィーラが受け止めていたのだ。 スバルへの疑念をさっと振り払い、フェイトは救援に来た二人の姿にほっと胸をなでおろす。 手足となって動く部下がいない今、意識を失った二人に気を遣いしながら戦う余裕は自分にはない。 「ったく、手間かけさせやがって……」 ヴィータがティアナの傷の様子を見ながら文句を言うが、地上本部からここまで かなり距離があるので、口とは裏腹に彼女が全力で飛んできたのは明らかだった。 『ギ、ギ……!』 ワームはまだ生きていた。 やはりディバインバスターの直撃を受けても、ひるませる程度で致命傷にはならない。 八つの手足を広げ、全身で怒りの感情を露にするワーム。 『グォォォォ!!』 地が震えるのではないかと思うほどの雄叫びを上げると、ワームは音もなく消え去っていた。 忽然と、その場から姿を消したのである。 「二人をまかせました」 「ああ、かまわずぶっ潰せ!」 フェイトの言葉に、状況を瞬時に察したヴィータが血気盛んな彼女らしい激励を送る。 フェイトは小さく頷いてみせ、腰に巻かれたベルトに手を触れる。 「クロックアップ」 〈〈CLOCK・UP〉〉 言うや否や、ザビーもまたワームに追随するように姿を消した。 さっきまで地面に足をつけ、存在感たっぷりに立っていたザビーが一瞬にして。 まるで、この世界自体から消失したかのように思えるが、違う。 超高速移動。 クロックアップしたのだ。 「ああなっちまったら、もう別次元の戦いだ」 もはや知覚できぬ領域へ移行した戦いに、ヴィータはあきらめた口調でポツリと呟く。 スバルを抱えたザフィーラもまた、こくりと頷きその言葉に同調した。 ……現在までに確認されているワームの特性は大きく分けて三つ。 群れで行動すること。脱皮すること。そして、脱皮したワームは魔導師ですら視認できないほどの超々スピードで行動可能なこと。 後にクロックアップと呼ばれるその驚異的な能力は、局のベテラン魔導師も手を焼くものであった。 そんな状況を打開するために、対ワームの切り札として開発されたものがマスクドライダーシステムである。 デバイスシステムとバリアジャケットの特性を融合させた画期的なシステムとして誕生したそれは、魔導師自身の魔力を糧にワームとほぼ同じ超加速を実現したクロックアップシステムを内蔵したまさにワームと戦うためだけのシステムだ。 技術的問題で、カートリッジシステムを廃したライダーシステムは人為的な方法で魔力を増大させることができない。 カートリッジのバックアップが期待できないとなれば、頼れるものは自らの魔力のみ。 言うなれば、装着する魔導師の純粋な魔力をエネルギーとして構成される、魔力を食う鎧。 その為にフェイトは己の身体を、そして自分の分身といっても過言ではないデバイスを差し出したのだ。 「っ!!」 超加速状態の二体は、すべてが動きを止めた世界で戦いを繰り広げていた。 流れる風を身体に感じることもない、虚無のような世界。 頭上の雷雲は静止し、その間を走る稲光も一定の形状を保ったまま止まっている。 正確には静止しているように見かけ上見えているだけに過ぎず、知覚できないほどゆっくりとだが万物は動いてはいる。 しかし、今のフェイトにとってこの世界は、周囲のすべてから隔絶された戦場に違いなかった。 ビルの外壁に張り付くようにして移動するワームは、ザビーをからめとろうと口からクモのように糸を射出する。 ザビーは右に身体を跳ばし、それを避けた。 狙いをはずした糸は、背後のビルの外壁に直撃し鉄筋をえぐるが、破片ははじけ飛ぶことなくその場で静止した。 ザビーは強化された脚力を駆使し、外壁のワームの懐にパンチを叩き込む。 ディバインバスターの零距離射を受けた部分だ。 効いているのか、別のビルへ飛び移るワーム。 即座に追撃に跳ぶザビーだったが、動きはライダーフォームにもかかわらずどこか鈍い。 クロックアップしたライダーフォームは人間を遥かに超えるスピードで活動することが出来る。 が、それには前述の通り大量の魔力消費というペナルティが存在する。 なにより、装甲をまとっているとはいえ、クロックアップによってかかる装着者への身体的負担は想像を絶するものがある。 充分に訓練をフェイトでさえ、最大で7分程度しか加速状態に耐えられないほどだ。 加えて、極力無駄な魔力消費を抑えるためバインドを使った拘束、砲撃魔法による長距離攻撃などは一切使えない。 つまり、ほぼ素手の状態且つ短時間でけりをつける必要がある。 ……既に加速状態に入り3分が経過しようとしていた。 ワームの猛追はとどまることを知らず、次々と発射される糸弾を避けるのにも限界が生じてきた。 縦横無尽に糸が張り巡らせたビル郡はさながら巨大なクモの巣である。 「?!」 ふいに、左腕に力任せに掴まれたような痛みが走った。 動きが鈍った隙を突かれ、ザビーの左腕に糸が巻き付いていたのだ。。 しなやかで金属のように強靭な糸は、力任せに引っ張っても取れそうになかった。 事実上、ザビーは左腕を封じられたのだ。 じっとりとした冷や汗が背筋に流れる。 口の糸を手繰り寄せながら、じりじりとこちらに向かってくるワーム。 首だけを動かし背後を見やる。 ここは高層ビルの屋上。いつの間にか端まで追い詰められ、一歩足を踏み出せばまっさかさまの位置にいた。 今の自分にはどうと言うことのない距離だが、落下中ワームは確実に仕掛けてくるだろう。 そうなれば打てる手段は限られてくる。 このまま眼前のワームに切り込もうか?いや、糸をどうにかして後ろへ跳ぶか? そういえば向こう側のビルは確か… ……勝機はある。 自分の記憶が正しく、ワームがこちらの誘いに乗ればの話であるが。 ザビーは左手の糸をぐっと掴み、ぐいと力をこめて引っ張る。 これ幸いと、ワームは引っ張られる勢いに任せてこちらに飛び掛かってきた。 (かかった!) ギリギリの距離までワームが迫った瞬間、ザビーは体勢を低くし飛行魔法で跳躍に加速を加え背後のビルに突っ込んでいく。 当然、慣性のまま糸に引っ張られたワームも連なるようにガラス窓を盛大に砕きビル内部に叩き入れられる形となる。 外壁の破片は中空に舞うことなく、その場で動きを止め、ガラス片のひとつがきらりと光った。 受身の態勢で突っ込んだザビーがワームよりワンテンポ早く立ち上がる。 魔法を使ったせいで、クロップアップの解除時間はもう間近だろう。 ここで決めなければ。 ザビーはぎゅっと拳を握り締め、依然糸が巻きついたままの左手を仮面で覆われた口元にかざす。 「ライダースティング!!」 〈〈RIDER・STING〉〉 バルディッシュの復唱と共に、腕首に装着されたデバイスは形を変化させ、ニードル状に変化したデバイスに金色の魔力光が雷のように走る。 ブレス付近にワームの糸がまきついていなかったのは幸運だった。 ニードルモードと呼ばれる黄金の針は、いかなる蜂の毒針よりも禍々しく、鋭い。 バチバチと音を立てニードル部分を中心に増幅された魔力がニードルの長さを倍以上にした。 『ギリ、ギギ……』 不意を衝かれたワームも遅れて立ち上がり身構えるが、もう遅い。 「はぁぁっ!!」 ザビーは渾身の一撃をワームの胸部の中心目掛けて放った! バキバキと破裂音を響かせ、ライダースティングに吹き飛ばされたワームは真後ろに 設置された実技試験の最終関門、中距離自動攻撃型スフィアに背中から追突する。 途端に連鎖反応を起こし、轟音と共にスフィアは粉砕された。 ワームのクロックアップは胸部に受けた一撃で強制解除され、残った肉体はスフィアの爆発と共に焼かれ四散した。 もっとも、こちらには静止した空間で炎に包まれる寸前のワームが見えるだけであったが。 予想通りの結末だった。 スフィアを狙ったのは、魔力残量の心もとないライダースティングで仕留めるのは難しいと考えた上での判断だ。 こちらの作戦勝ちである。 〈〈CLOCK・ОVER〉〉 数秒遅れでこちらもクロックアップが解除された。 静止状態だった爆風と爆音が一気に押し寄せる。 さながらワームの断末魔だ。 「っ……!」 途端にがくりと膝をつくザビー。 クロックアップを使用した後はいつもこうだった。 脳が加速状態から元に戻りきれず混乱し、視界がゆがむ。 じっとりとした汗と疲労が全身を覆う不快な感覚。 そして、鈍く残る痛み。 このシステムが確実に自分の体を蝕んでいる。そう実感できる。 まさしく諸刃の剣であることが、そんなことはとっくに了解している ブレスからバルディッシュをはずし、変身を解除したフェイトは力なく立ち上がる。 だからこそ、迷いはない。そんなものは捨ててきた。 自分が選んだ自分の道だ。 たとえその先に待つものが地獄であろうとも、ただ突き進むのみ。 足がただれ、血だらけになろうとも進み続ける。 それが、仮面ライダーだ。 雷雲は雷雨へと変わり、地を濡らしていた。 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1112.html
――――時空管理局本局 「現在、多次元世界で確認されている『レリック』と呼ばれるロストロギアの回収と同時に現れる『ガジェット』 もしくは『ドローン』と呼ばれるUAV(無人兵器)が確認されます。」 本局統幕幹部である斎藤三弥中将はモニターに移る『ガジェット』を指しながら現状を説明する。 「ご存知だと思われますが、このガジェットにはAMFを搭載しており、我々の魔道士も苦戦しており、 ここ最近でも死亡12、負傷30名と甚大な被害を出しており…そこで我々陸戦課として。」 リンディ・ハラオウンはその後の言葉に一瞬顔をしかめる、斎藤中将がいった言葉、 そうそれは『質量兵器』の使用解禁なのだ、クロノからガジェットと交戦するにあたり陸課の部隊が独断で 質量兵器を使用する例が増えてきた報告をリンディは受けてきた、確かに法に違反した隊長達には処分が下される のだが緊急状況的判断によって重くても減給、謹慎といった極めて軽い処分なのだ。 ではそれらの質量兵器はどこにある?話は簡単だ、時空間に色んな犯罪組織が存在している、それを取り押さえたときには大体質量兵器が存在しておりそれらは 倉庫に乱雑に積み上げられているのだ、それを目につけた隊員が適当な理由をつけて持ち出しているのだ。 「無論何も我々は旧暦時代に使用していた大量破壊兵器などの戦略兵器などの解禁を求めているわけではありません、個人携帯火器 (無論97世界から持ち出され押収したスーツケース核は論外)の使用を許可していただきたい。」 発言を終えると斎藤中将に対し 「あの旧暦の被害を繰り返すのか!」「質量兵器使用絶対反対!」多くの罵声と 「よく言ってくれた!」「その通りだ!賛成!」少数の賛辞の声が飛ぶ、それを見ながら リンディはさっきから無言のままただ会議を眺めている将官を一瞥する。 (彼は一体何を考えている?) その将官の名前は宗方怜士中将といった、肩書きはリンディと同じ総務統括官である、 周囲に対して好印象を持たれているリンディと違い、彼女と同じ成果(むしろそれ以上) を挙げている彼は周囲に対して蛇蠍の如く嫌われていた、典型的な例が彼のあだ名が「蝿の王」と呼ばれることだ、 その名は敵対組織だけではなく管理局そして3提督からも恐れられている。 理由は?彼は物事を解決するときは徹底した合理主義を実践するからだ、在る時は貴重な重武装型時空航行艦に無能な連中と ほんの少数の有能な人材を乗り込ませ戦訓を得るために囮役を演じさせ見殺しにしたり、またあるときは平然と回収したロストロギアを囮にして敵組織を一網打尽、 そして持っていかれても仕込んだ自爆装置で吹き飛ばしたり、無能なものに対していは例え名家だろうが上官で何であろうが適当なスキャンダルや危険地域飛ばしで潰している、 と色々とある意味黒いつまり、管理局の悪と過言しても言われている。(無能な味方ほど最も恐ろしいという意見もあるし、敵対組織で最も敵に回したくない管理局将官ランク1位だったりもする) かつてグレアムが闇の書封じの為に作り上げたデュランダルの製作の協力したのは彼なのだ、本来ならそこで首チョンパで管理局法会議なのだがそれは出来ない、理由は簡単だった、 彼は他世界に色々な人脈を作り上げており彼自身も先に述べたド外道行為は滅多にしなし、管理局にとって非常に優秀な人材なのだ(無能だったらとっくの昔に豚箱行き)、おかげで中将のポストについている。 (最も本部や局での評判は最悪だが)だが宗方は何も発言することもなくただ会議を見つめている。 そしてもう一つの議題である八神はやてが唱えている『機動第6課構想』に対しては比較的賛同声が挙がったが…最も特殊部隊、緊急展開部隊構想は元軍人、警察組織出向者達から以前から唱えられていたが 何かの理由で潰されていたのだ(まぁ理由として管理局多数を占める魔法使いによる軍人、警察関連出向者に対する蔑視もある)、結局三提督の反対もあり質量兵器解禁はあくまで禁止、しかし6課成立は承認された、 そうしたまま会議は終了した、そして同じくただこの事件の経過と犯人割り出しに全力を注ぎますと口だけで言った情報局局長のゲーレンは呟いた「とんだ茶番」と。 ――――本局一室(BGMは全能なる調停者(スパロボ)で) 「ふむ…やっぱり予想通りに会議は進んだな、とんだ茶番だったな。」 無表情のままで宗方は呟いた。 「予想通りと言いますと?」 肩書きとして一応は彼の部下であるチャールズ・T・ベイツ二佐が恐る恐る問うた、 ベイツは海課に所属していたが、優秀な頭脳を持っている事により(本人は海にいたがったが) 本局に引き抜かれ、何の因果か知らないが宗方の下でじっくり調教…もとい教育中だった。 「ああ、あの老害のことだよ」 悪びれもせずに宗方は言った。 「まさか、その老害って・・・」 副官的立場である情報局隊員である夏目尚康二佐の呟きに宗方はニヤリと笑った。 「ああ、あの3提督といまだ自分たちが導き手だと勘違いしている脳髄だけの連中とその取り巻きだよ。」 その答えにやっぱりという表情をする夏目、それを尻目にベイツはうめいた。 「ああ、安心しておけこの部屋は情報局の連中でしっかりと消毒している」 同じく部下であるカール・ライカー一佐は対した事ないように言う、ライカー自身も指揮する立場として 管理局内で5本の指に入るほど優秀なのだが、無能と判断した上官に対しては侮蔑を隠さない言動や行動をとる為、 上層部の受け(プライドが高いだけ無能な連中)は凄まじく悪く、本来ならクロノ・ハウラオンと同じく XL級を指揮できるほど優秀なのだが、ある任務においてクロノの副官としてロストロギア回収を巡って、 クロノに対して馬鹿にした態度を取った為に激怒したクロノと衝突した結果、後方で冷や飯を食い続けている。 そして部屋をノックする音がする、斎藤中将直属の部下である佐藤大輔一佐だ、それを待ち望んだ ように出迎える宗方そして佐藤はソファに腰をおろすと葉巻に火をつけると慇懃無礼に切り出した。 「やはり、あの老害連中とその取り巻きを潰さなければ犠牲は大きくなるだけ、例え6課が成立してもね… まぁそれを解決する手はずはついてますが」 佐藤はパネルを操作するとある映像を写す、ジェイル・スカエリッティと呼ばれる男の映像と経歴、そして現状についてだった。 「ああ、あの無限の欲望か…」 「どうやらあいつは謀反を企んでいるそうだ、すでに本部に彼の手駒が紛れ込んでいる、それを知らずに本部の馬鹿共はつるんでいる」 「だが、改革の為には丁度いい、実にいい展開だ」 宗方は悪びれもせずに言う。 「頑固な連中を分からせるには血を流す必要がある、下っ端だけではなく、自分自身の…」 「はん、そうだよ…偽善者共は歴史からも現状からも何も学んでいない、ただ過去の成果にしがみついているだけ」 「歴史的必然だよ、まぁ自浄努力って言うものが必要だな」 そして本題に移る 「すでに情報局は3提督派を除いた連中は味方につけている、それに提督派の連中は少数だ」 「ゲーレン(情報局ナンバー1)とシェルドン(情報局ナンバー2)がこちらについたのは大きいな」 「まぁ彼らの尊敬すべき上官であるカナリス(前総局長)が3提督側勢力に逆らって辺境に飛ばされた挙句に死んでしまったからな」 「キーの一つである情報局はすでに味方についた、次は実働部隊だな」 「オメガはいつでも動けるようにしてある、そして軍属、特殊警察部隊出向者の各世界からの引き抜きを始めて、彼らに装備すべき武器の確保も完了しつつある、問題は、そうですな恐らく投入すると予測される遺船… まぁヴォルケンクラッツァーやヴォルフィードに比べればたいしたことないですがね」 「…ヴォルケンクラッツァーはすでに沈んでいるし、ヴォルフィードの世界はこちらでは手出しできない世界(科学が魔法取り込んだから)だ、 まぁ予測されるベルカの遺船に対する対抗手段、すでに何を使用するかは判明した、対抗する為子飼いの藤井2佐の船(ドレッドノート)は いつでも動けるようにしている、そして軍事技術が発展した管理外世界からツテを利用して対艦ミサイルなどの購入を急がせている」 「流石は、多数の世界に人脈を作り上げているだけはありますな、後は奴らの出方次第と言うことか」 「ああ、そうだ」 「わかりました、統幕にはそう言っておきます」 「機動6課の連中が彼らに対抗している隙を狙って…」 「最高のタイミングで殴りつける、まぁ酷い話ですよいたいけな少女達が聞いたら何ていうか」 「彼女たちは様々な場所で多くの借りを作った、ならそろそろそれらを取り立てても良い頃だ」 「ふむそうですなでは…では、また」 「ああ、斎藤君はよろしく言っといてくれ」 佐藤は宗方の部屋から出て行った、そしてベイツは思った (チクショウ、どうやら俺もこの陰謀に買わされる1人になったのか) それを知ったのかライカーは彼の肩に手を乗せる (畜生!畜生!畜生!こんなどす黒い陰謀に加担するぐらいなら船に乗りたい) 彼は自分の優秀すぎる頭脳を心から呪った、それを尻目に夏目は繰り出した。 「中将、クラナガンの事ですが…どうやら彼は例の事を掴んだそうです」 「ああ、市川のことか…やめておけ彼に対して下手な真似は避けた方がいい、 でないとこちらが大変な目に会うからな、第一今我々の手もとにある実働部隊は全員彼の教え子だぞ、 沼田はともかく伊達や田宮相手ではどうにもならん」 それに沈黙する夏目、そして宗方は悪魔と契約したような笑みを浮かべ呟いた 「さて、御手並み拝見といきましょうか少女達よ、精々足掻いてくれたまえ」 リリカルなのはストライカーズ エピソード 「黄色の悪魔 2」 ―――リッチェンス邸 市川は表門の前にたった。そこには見張り番と思われる若者が立っていた。若者はたずねた。 「何か用か?」 「この大きな屋敷の持ち主に面会したい」 若者の顔が赤くなった。市川は安心した。脳や顔面に血が集まっている人間の攻撃は鈍いからだった。 「それだけじゃ通せないね」 「この大きな屋敷にわたしの家族が世話になっているのだ」 「一体誰だ?」 「君ならば、そうだなうかつなことをやっただけで腕の一本を失いかねないような立場の女性だよ」 若者は市川の言葉の意味すら分からなかった。しかし、莫迦にされたことだけは察したらしい。市川に掴みかかろうとした。 市川は彼の尖った顎を僅かに突き上げ、路上に打ち倒した。そして敷地に入り込んだ。 庭の奥まったあたりにかなり大きな温室があることが分かった。 あちらこちらからスーツを着こなした若者や中年たちが飛び出てきた。 市川は彼らを眺め回した。自分を取り囲んでいる男たちの中でも最も格のありそうな1人に言った。 「リッチェンス氏にお会いしたい。私は市川。娘がここで御世話になっているそうだ」 ―――邸内 内部は奇妙なつくりになっていた、通路は僅かに身体を斜めにしなければ通り抜けられないような狭さで、 不必要に折れ曲がっていた。この屋敷の主人が誰かの襲撃を恐れ続けている証明だった。その誰かとは 自分の職場だろうと市川は判断した。市川が通されたのは16畳ほども有りそうな応接室だった、 そこは冷房がしっかりと働いておりひんやりとしていた。ソファに腰をおろした市川は室内を見回した。 内装は極めて豪華であり、金を用いた装飾品や彫像があちこちに置かれていた。この部屋の飾りつけにかかった金だけで 自分の家の土地が4つほども買えそうだった、彼は好みでない豪華さの中で30分待たされた。 そして分厚い扉が開いた。最初に入ってきた男は庭で市川が話し掛けた男だった。リンデマンという名前で、 口元から微笑が消えることはないが、ふくらんだ印象のある瞼の陰に光る目には墓石のような冷たさがあった。 続いて何かを記憶する必要が認められない筋肉が発達しただけの男が二人入室し、そして主人が入室した、 仕立ての良いダークスーツを着ている。リッチェンスは市川の対面に置かれた一人がけのソファに腰をおろすと 天然木の形状を利用したテーブルに両手をつき、深々と頭をさげた。 深みのある声だった。市川よりもさわやかな声だと言ってよかった。リッチェンスは顔を上げ市川と視線をあわせる。 ほっそりとした印象の男だった。額は高く、知性すら感じさせるひとみを持っている、しかし、そこには 同時に常識で推し量れないものも存在していた。 「こちらこそ娘を預かってくれて感謝している」 「御預かりしているわけでは有りません、娘さんが自分の意思で私の元へとやってきたのです」 「貴方の見解はそうなわけだ」 「見解ではありません、全くの事実です」 「おそらくそうなのだろう、だが、納得できない、せめてのこと、彼女と二人きりで話す事が出来なければ」 「ええ、本来ならそうすべきであると私も思います。親御さんとして当然な判断です」 「ならばこの場合はどうだと?」 「娘さんは貴方にお会いしたくないと言っております。以前に、貴方の女性の友人が訪ねてこられたときも同じでした。 そして私は彼女の意志を尊重しなければならない、誠に残念でありますが」 「貴方の許しが得られるのならば、一言、二言私から話し掛けてみたい。娘の気持ちも変わるかもしれない」 リッチェンスの背後に立っていた筋肉の塊が一歩踏み出そうとするが、リンデマンが視線を向け彼を押しとどめた。 「御気持ちはよく分かります、しかし、ここは私の家なのです」 リッチェンスは深く頷いて見せた 「成る程…なら私は失礼しよう」 市川は答えた。 「一杯やってゆきませんか」 リッチェンスは言った、彼の視線の先には封の切られていない酒瓶だ、驚いた事に97管理外世界 の高級スコッチ・ウィスキーだった、だがあまり市川は好きな銘柄ではなかった。 「この4年酒を一滴も口にしていない。できる事ならば、健康の為にこのまま禁酒しようかと思っている。 恐らく無理だろうが。それに何より、私は酒を口にする環境に五月蝿い方なのでな」 「ではお帰りください」 リンデマンは扉を開けて誰かを呼んだ。市川は室外に出た、扉が閉められた。リッチェンスは何か から解き放たれたように深いため息をついた、もしスーツを取ったらシャツは冷や汗でずぶ濡れと 言ってもよいだろう、クラナガン警察上層部や管理局本部上層部を買収する時に比べ凄まじいほ どに消耗しきっていた。 「どうしますか?」 リンデマンが尋ねた。 「たいした男だ…流石、あの娘の父親だけのことである」 「だから殺す?」 「そこまでしなくていい」 「あんな奴―――」 先ほど市川を恫喝しようとした筋肉の塊が言った。 リッチェンスは煙草を加えた、表の慈善事業の裏家業である不正時空間密輸で入手した ボロワーズだった、リンデマンが金色のライターを差し出して火をつけた。 「その莫迦を壁に立たせろ…左腕を水平にしてな」 リンデマンが顎を動かした。もう1人の筋肉の塊が片割れを壁に押し付けた。リンデマンが左腕を掴み、それをまっすぐに伸ばす。 リッチェンスは立ち上がった。 「リンデマン、最近若い者の扱いが甘すぎるんじゃないのか?」 「申し訳ありません」 「その通りだよ。まさか俺の下に、本当の男を見ても敬意を抱けない奴がいるなんて想像もしていなかった」 リッチェンスは壁に押し付けられた男の顔をみつめた。 「俺の顔を見ろ」 怯えた瞳が彼に向けられた。 「あの女の父親は、以前下らない正義感でこちらの事業を妨害しようとして、俺を逮捕しようとして捕まった挙句に 『親がいない妹がいるんだ、許してくれ!』とほざいたが、体重の倍にさせる程銃弾を撃ち込んできた・・・ 確かランスターと言ったな、その他の屑連中と違う本物の兵士だ。いいか、俺も管理局でいたことがある。 貴様より若い頃にな。その時もあんな上官がいた。有能で、慈愛に溢れ、知性と教養を持っている。 勇気については口にするまでもない。まさに理想の管理局の職員、醜の御盾なるべく生まれたような男だった。 そいつをすべて合わせると何になるか分かるか、オイ!どんな男が出来上がるか想像がつくか?」 怯えた男は蒼白くなった顔を横に振った。 「悪魔だ…あのエースオブエースと呼ばれこちらの同業者では悪魔と呼ばれているあの高町なのはという 女と比べ物にならない本当の悪魔だ」 リッチェンスは言った。 「地獄の門番にこそ相応しい勇気としぶとさを持った悪魔だ。たしかに奴は管理局に雇われた狗かもしれない。 しかし、魂まで支配されているわけじゃない。奴は何処までも自分自身だ。自分にとって最も大事な何かを守る為ならば、 管理局本部・・・いや本局にでもアルカンシェルをぶち込むような奴だ、ええ?わかるか?どうなんだ? お前が莫迦な脅しをかけようとした男はそんな怪物なんだぞ」 リッチェンスは男の懐から銃を取り出し装弾しているか確認する。そして彼は再び男に言った。 「俺の顔を見ろ!分かっているな?お前があの男とは比べ物にならない屑だということは? だが、その屑でも責任と言う言葉の意味を知っているだろう」 リッチェンスは壁に押し付けられた男の左手に銃を突きつけた、そして引き金を引く、銃声、絶叫、 壁に飛び散る血飛沫、筋肉の固まりの左手小指の第1関節から先がなくなっていた。 「リンデマン」 リッチェンスは振り向いて言った。 「あの男に警告を与えてやれ、決して殺すな。あれは、尊敬出来る男だ。むしろ俺はあいつのことが好きだよ」 「すぐにですか?」 「当然だ」 「分かりました」 リンデマンは部屋から飛び出した。リッチェンスは相棒を壁に押し付けている男に言った。 「後5分そのまま立たせていろ。そいつの身体からいくらかでも毒気が抜けたら、医者を呼んでやれ」 リッチェンスは上着のポケットから札束を取り出し、テーブルへ放り投げた。 「医者にはこれで払え、残ったら二人で女でも買いにゆけ、お前たちの毒気は血の中にだけ有る訳でもあるまい」 リッチェンスは男の傷口にタバコを押し付けて火を消した。再び屋敷に悲鳴が響き渡った ―――リッチェンス邸近く 市川は屋敷を出た。外は暗かった。商店はちらほらあったが繁華街から離れた場所なのでネオンや 街頭の数は少ない、そして尾行にすぐ気づいた。市川はその種の経験も豊富に持っている。彼をつ けているのは路上に男が二人、そして車が一台だった。市川はそれを一瞥するとゲイズから貰った 葉巻を取り出す、驚いた事に97管理外世界にあるハバナの葉巻だ、恐らく別の密輸事件で押収し たものらしい、SAS時代ですら滅多に吸えなかった高級葉巻に火をつけ辺りを見回す、尾行こそ続 いていたが、行動を起こす気配は見られない、市川は流れタクシーを止め乗り込んだ、そしてタク シーが動き出し、スピードに乗った時である、尾行していた車から銃型デバイスの銃口が顔を見せ タクシーのタイヤを撃ち抜いた。そしてタクシーは回転しながら柱にぶつかりL字に折れ曲がった。 ――――本部・メディカルルーム個室 市川はメディカルルームで意識を回復した。視界が妙だった。その視界にオーリスが入った。市川は、やぁ、と言った。 オーリスは懸命に涙を抑えようとした後で、感情の抵抗を放棄し、ああ、あなた、ああ、あなたと二度呟くと彼に縋りついた。 市川はこの20時間昏睡状態に陥っていたのだった。そしてオーリスはさらに10分間を自分に為に消費した後で医者を呼び、 そして自分のあるべき仕事の為に名残惜しそうに退室した。 そして医者と共に八神はやてと白衣を着た金髪の女性が入室したことにより市川はここが本部のメディカルルームだとわかった、そして医者は言った。 「貴方は幸運でした、本来ならあの事故の際、飛び込んだ異物で水晶体が完全に破壊されましたが、その御隣にいる女性が丁度本部にいた為に 保持スキルである程度修復できました」 そして金髪の女性は市川にあいさつをした 「シャマルと申します、貴方の事ははやてちゃ…じゃなくて八神隊長から貴方のことはよく聞かされています」 市川は目を修復してくれたことに感謝した、がシャマルは続ける 「ですが、完全というわけではありません、今後も何度か私の術で少しずつ治療してもらう必要が あります、その間できるだけ目に何か起きないように眼帯をして頂きたいのですが」 市川は内心何かをわずかな繭の動きだけで表現した。 「眼帯は黒がいいな、ほらよく映画で海賊が好んでつけているような」 そしてシャマルはクスリと笑うとはいそうしますと言って退出した、それに習うように医者も退出 した。部屋には市川とはやてだけが残された。 「礼を言う」 「ええって、困った時は御互い様や!それに市川さんには管理局に入局した時やそれ以外にも色々御世話になってんで、そのお礼をいうわけです」 「そうか…一つ聞いてもいいか」 「何でしょうか?」 「何故私を君の構想した機動第6課に向い入れようとした?少なくとも私の悪名は知っているはずだが、 少なくとも君たちにとって相応しくないと思えるが?」 管理局で密かに市川につけられている仇名それは「子供殺し」、SAS時代の、IRAのとりわけ過激 でしられる強硬派を制圧する時に、偶然本部にいたIRAの少女を殺したことだ。だがそれは(SAS でも本部でも)非難される事はなかった、銃を持ってこちらに撃ちかけられたら誰でも撃ち返す・・・ 当然の話だ、それ以外にも彼は任務において支障をきたす存在に一切の情けは与えなかった、一部 の人たちはそのことで(他色々)で市川を嫌っていた奴らは(クロノも含む)『子供殺し』の名をつけていた。 「確かにそう呼ばれていますけど、それは関係ありません、理由として…」 はやては6課のメンバー表(仮)のリストを見せる、市川は一瞬にしてその欠点を見つけた 「成る程打撃としては優秀だが…」 「ええ、市川さんも分かっていると思いますが」 「そうだな欠点として 1、隊長や隊員を抑えるもしくは補佐するポストがいない(参謀や幕僚がいない) 2、バックサポートが少なすぎる(人がいないから仕方ないけど) 後者は君のコネに訴えれば何とかなる、問題は2だな、君たちの部隊はたしかに実戦経験者を主体に構成されて打撃力はいいが …前衛が揃って命令違反の常習者、そしてお前自身も・・・」 「ええ、それは分かっています」 はやては隊の欠点と自分の欠点を分かっていた、前者は先も述べたが命令違反の常習しかも問題は彼女たちがそれでいいと思っていることだ (自分も言えた義理ではないが)緊急の際に部下が思い思いの行動を取られると作戦に齟齬が起きてそのままパーになる可能性が高いのだ。 そして後者ははやても感じていただろう、そう人を失う恐れだった。確かにある程度克服したとはいえ未だに父や母が事故で死んだ影響は大きい、 その例がかつてヴォルケンリッターがグレアム(と裏で宗方)の陰謀で闇の書に吸収されてしまったとき自分が暴走してしまったこと、 そして高町なのはが重傷を負って生死の境を彷徨った時に相当取り乱してしまい医者に詰め寄ったこと。それらを踏まえて市川は言う。 「指揮官と言うのは、時に非情にならなければならない。時には部下を切り捨て、時には部下に対して死んで来いと言う必要もある…私もそんな判断をしたことがある」 それに驚くはやて、上には悪名が轟く市川だが、下や前線部隊からの評判は極めて高い、何故なら彼の下で戦えば死んでも必ずつれて帰るし、 何より負傷した部下を自ら背負って帰還する例もあるからだ、それを知っているからこそはやては驚いた。 「切り捨てた部下の家族から何か言われなかったのですか?」 「ああ、言われたよ『何であんただけ生きて帰って来た!』『父さんを帰せ!』と…罵声を…」 「後悔はしなかったのですか?」 「した、何度もした…それに伴う悪夢も見続けた。だからこそ次はどうすべきか、部下を不用意に切り捨てない為にどうするか、 考えなければならない、悔やんだまま次の作戦にそれを持ち出してさらに部下が死んだら話にならない、頭を切り替えることも大事だ」 「強いのですね…」 はやてはとても自分では出来ない感じで市川に言った。 「強いのどうのこうではない、それが部隊を預かる指揮官して当然の責務であり義務だ、君が思っている以上に指揮官というのは厳しい…」 君にそれが勤まるのか?と市川はそう言う視線ではやてを見る。 「指揮官は助からないと判断した部下も処断しなければならない・・・現にSAS時代にいざしらず他の方面で何回か瀕死の部下にグデークラ(慈悲の一撃) を加えたこともある、君に人を殺せるのか?大事な者の命を失うことが許容できるか?」 それが出来るのか?という視線ではやてを見る、はやては何も言い返せなかった。『何とかなる・・・』 彼女はクロノやカリムに対して笑顔で言った言葉を市川に対してそうは言えなかった、大体世の中 100%という言葉は存在しない、そしてそう言えばたちまち「お前のような奴に指揮官が勤まる か!」と首をへし折られるだろう。そして市川ははやてに大して最も言って欲しくない一言を言う。 「おまえは指揮官に向かない、優しすぎる、確かにリストで見た君たちの知り合いなら君を知っているから許してくれるだろう、 いずれ君の知らない人が入ったら?優しさだけでは部下はついてこない、時には指揮官としての厳しさ、非情さがない無理だ。」 淡々とした感じで市川は言う、はやては沈鬱な顔をして俯く、そしてはやては何かを決心したように言う。 「確かに市川さんの言う通り、私はまだまだひよっこです・・・でも私は、この6課成立の為にすべてをかけています、だからこそ 貴方の言う通りにその優しさを捨てる覚悟はあります」 それにほうと頷く市川、はやての覚悟に曇りも何もないことで彼女が心からそう思っている、だが…市川は思う、本当に出来るのか?彼女に? 「ひょっとしてこの事件で人を殺してしまうこともあるかもしれん、大事な人を見捨てるかもしれへん…だけどそれも心を鬼にして受け入れます」 はやてはきっぱりと言い放った、少なくともこの場に見る限りは信じられる、そういう回答を市川は得た。 「わかった、今は君を信じよう…ああ、すまないな話が随分と脱線した、本題を言ってくれ」 「ええ、貴方を副隊長にスカウトしたい理由、1つは貴方が様々な戦闘におけるベテランであること、確かにヴォルケンリッターは貴方以上に戦闘に対してはベテランですが、 私の意見に是として心情的に答えてしまうので、否と言い切れるベテランであること、戦況を読める目があること。2つめは万が一動揺した私や隊員達を支える補佐役として 適任であること、知っていると思いますが戦闘部隊は命令違反の常習者です…場合によっては私もそうなるかもしれません、それを抑える役目としてやってもらいたいのです」 「つまりは女房役と言うわけか」 「はい、そうです」 ああ、それもいいかもしれない、久方ぶりに若手の面倒を見るのも正直悪くはない。 「いいだろう」 「本当ですか?」 はやては喜びの声を上げる。 「仮に私を入隊させて大丈夫なのか?君のバックサポートについている友達の兄であるクロノ提督は私の事を蛇蠍の様に嫌っているし、 上層部でも受けの悪い『傷持ち』だ、君の経歴に傷がつくのじゃないね?」 「そんな経歴なんて知ったこっちゃありません、それにクロノ提督は若いのにコチコチの爺ちゃんみたいに頑固すぎるんや、 文句はつけさせません、安心してください。」 「ああ、分かったよだが決まったわけではない、私の一存で決められることではない、陸戦課がどう動くかできまるからな」 「はいわかりました」 「君も仕事があるだろ、早くいきたまえ」 「はい、了解しました」 はやては市川に敬礼をする、そして市川も敬礼をするとはやての頭を撫でる。 「だ、だからうちは子供ちゃいます!」 はやては抗議する、そして市川は罰の悪い笑みを浮かべる、だがそれにはやては不快感を覚えなか った、父と子と並に年が離れ、新入り時代の自分を案じて世話を焼いてくれた市川の姿をはやては かつての自分を可愛がってくれて、大きな手で自分の頭を撫でてくれた父を重ねていたかもしれな かった、そいて病室から出て行ったはやてに市川は思った、本人の覚悟はよくわかった…だが主戦 力の2人(なのはとフェイト)は大丈夫なのか?あいつらああいったこと一番嫌っていると聞いたぞ。 ―――通路 八神はやてと高町なのはとフェイト・ハウラオンは歩いていた、これから会議において機動6課成 立における役割を各課に発表する為だ、本来なら緊張ものであったが、はやてはどこか嬉しそうな 顔をしていた。 「あれ?はやてちゃん、何かうれしそうだね」 通路で一緒に歩いているなのはは言う。 「ええ、そうや」 「何かあったの?」 疑問そうにフェイトも問う 「それは6課出来てからのお楽しみや」 疑問そうな顔を浮かべる二人だった、それに対し背後にいたシャマルはクスリと笑った、彼女はその理由を知っているからだ。 ―――メディカルルーム 医者が断言したとおりに身体は順調に回復していった、そしてシャマルの術によって壊された左 目も少しずつでもあるが回復していった(でも正直クラールヴィントで目玉いじくられるのはヒヤ ヒヤものだが)、そして病室には連日彼の同僚や、部下であったものがおとずれ、彼と会話をして出 て行った、そしてゲイズ中将も面会に着た。 「やはり君はあの八神二佐の機動6課に配属されることを希望するのか?」 「ええ、ずっとは恐らく無理でしょうが、たまに女房役と言う役も悪くはないと思います」 「ふむ・・・」 ゲイズは難しい顔をする、市川はゲイズが八神二佐の事を嫌っているのは知っていたが、それと別 のような顔をしているように見えた。 「確かに、彼女達の部隊はあまりにも若すぎる、そして君みたいな人材が必要なのは承知だ…だが…」 ゲイズは珍しく歯切れが悪かった、そう、もし市川が戦闘機人計画の事を知ってしまったら?そし て…その場合上層部に彼の始末を言い渡されたら?いくら彼とは言え殺されてしまうだろう、また 失うのか?自分とゼストと3人で共に戦場を駆け抜けた大切な戦友を? 「君が八神二佐と知り合いなのは分かっている・・・だが・・・」 「部署が違う?そう言うことですか?」 ずばり指摘された、海や空に何かしらの恨み(まぁ優秀な連中が引き抜かれればなぁ)をもっているゲイズに比べて、 市川は全くに意に介さずに必要な時は平然と助力を得る。 「中将、貴方の気持ちも分かります、ですが部署同士が対立して一体何の得がありますか?喜ぶのはこちらを疎ましく思っている連中です、 こっちが冷や飯ばっかり食っているというなら皆で食べればいいのです」 「…そうだな」 こいつはそうだな、上官であろうと忌憚なく意見を吐く、だがこのままでは。 「分かった、人事に取り計らっておくように要請する」 「ありがとうございます」 「だが、それが通らなかったら諦めてくれないか?」 「…わかりました」 「そして、君の娘のことなのだが」 「ええ、そのおかげで現在こうなっています」 「リッチェンスは狡猾な男だ、裏で密輸業に勤しんでいるが表では慈善活動を行っている上に、警察やこちらに利益の一部を回している」 「まぁ、つまりは」 「この管理局や警察に金の持つ魅力に心を奪われた下衆がいるということだ」 ゲイズは吐き捨てた、少なくともミッドチルダを愛している彼にとって許しがたい行為だろう。 「しかも奴は狡猾だ、金はきっちり消毒している…まぁそうでなければクラナガン近郊に堂々と屋敷を建てられるわけがないがな、 ああ安心しておけ、八神二佐やその一派にはこの事はまだ知られていないし、尻尾もつかませていない」 これに市川は安堵した、おそらく彼女のことだ、必要以上に自分を気遣う為といらぬ正義感で部下 を引き連れてリッチェンス邸に堂々と殴りこんで事態を悪化するのは自明の理だ。 「ありがとうございます」 市川は礼を言う、そして私は仕事があるからとゲイズは病室から出て行った、そしてゲイズは軽く うめく、彼は本気だ、少なくとも娘を助けるならば悪魔に魂を売る男だ、だが彼は陸課において 要不可欠な人材だ、これ以上戦友を失わせる訳にはいかない、そして彼のことを好いている愛娘を 悲しませることは…ゲイズは歯噛みした、彼を止める手段がないからだ 友人、知人から贈り物が届いた。その中に紫色を帯びた花を束ねたものがあった。花束について いたカードはリッチェンスと市川の娘の連名になっていた。市川はそれを花瓶へ生けて欲しいとオ ーリスに頼んだ、贈り物にどんな意味が有るのかオーリスはわからなかった。珍しいですね、オー リスは言った。その花はクリスマスローズの亜種だと、市川は問うた、なら負傷した父親にわざわ ざ送りつけるような花なのか?オーリスは考え込んだ 「たしか、根にはステロイドが含まれており、強心剤と使用されたこともあるはずです」 「その花に根はついていない、それに、あの娘は貴方ほど学術的な姿勢で植物を好んでいたわけではない。 意味があるとするならば、何か、もっと素直なものだと思う」 「調べてみます」 今晩も泊り込みますとオーリスは続けた。いや家に帰って欲しいと市川は言った。悲しそうな顔をしたオーリスに笑みを向け、 いまだ、激しい運動を禁じられている状態で、貴方と夜を過ごすのはかなり辛いことなのだと言った。オーリスの笑顔は処女のようだった。 そして面会時間終盤間際、誰もいない事を狙ってフレイザーはやってきた。 「私を病院に運んでくれたのは君だと押しられた。感謝している」 「まさか、連中があれほど荒っぽい手に出るとは予想できなくて」 「そうなのか?」 「貴方がある程度の役割を果たしてくれるだろうとは期待していました、科学事件の触媒のように」 「恋と戦争は手段を選んでいけないと言うからな。想像するに、警察活動も、まぁ、そんなものだろう」 「なんとも私的な表現ですね」 「何、何年も前に娘が教えてくれたのだ」 「その娘さんについてですが」 「話したまえ」 「彼女が、望んでリッチェンスの下へ飛び込んだことは事実のようです。たしかにそうですが」 「義務に忠実な警察官として何か言いたいわけかね?」 「私はリッチェンスに対する意識はあくまで公的なものですが、貴方とリッチェンスの関係は全く個人的なものです。一人の女性を巡る愛情の問題と言ってもよい、リッチェンスがいきなり荒技を用いたのもそのためでしょう、本来あの男は、どんな場面でも慎重な実業家なのです」 「私が娘に対して抱いている感情は、畜生道に値するものではないと思うが」 「貴方はそうかもしれません。貴方にはそれだけの強さがある。素晴らしい女性の心を手に入れてもいる」 「娘は違うと?」 「私の見るところ、父親の存在を大きく認識しすぎている女性には二種類の典型があります」 「君は心理学はやるのか」 「優秀な警官は皆心理学者ですよ」 「実践心理学のご高説を承ろう」 「かんたんなことです、意識の表層で男を求めすぎているか、その逆か、それだけですよ」 「単純化しすぎに聞こえる」 「そうでもありません、意識の奥では、全く反対の願望を抱いているのですから、男好きの女は男と長く付き合えない、男嫌いの女はたまたま掴んだ男を一生はなさない。まぁそんな所です。 医者や学者ならばまた別の表現をするでしょうが、私の仕事では之で十分です。もし分からなければ専門家に尋ねたらよいのですから」 「で、私の娘はどちらに当てはまるのかと言うのだ」 「後者でしょうね。男性としての魅力に溢れた父親を持った娘の悲劇です。表層的には父親ほどの男などいないと信じている。しかし内心ではまた別の感情が有る。 そしてたまたまあの男に出会った。部分的に父親のレベルに達し、他の部分でまた別の願望、あまりに完璧な父親に対する秘めたる反感を充足してくれる相手に。言うなれば、 リッチェンスは彼女にとって理想の男性であったわけです。リッチェンスへ頼ることによって自分の内心にいた貴方を殺そうとした」 「必然だと言いたいわけか」 「冷酷に聞こえたならば申し訳有りません。しかし、貴方の娘さんは私にとって完全な三人称認識の対象ですから。警官と言う職業はそのような思考法を強制されます」 「その点については理解できる。職業病はどんな仕事においても発生しうる」 「少なくとも、娘さんはあの戦争の被害者、その一人であります。彼女のこんにちはは貴方が行方不明になった事から始まったのですから」 「不愉快な男なのかもしれないな、君は」 「不愉快なのは私ではなく、私の仕事ですよ。之でも近所では善人で通っているのですよ」 「つまりこの世は並べて不愉快さに満ちているわけだ」 「ええ、全くもって不愉快な現実です。この点については貴方の方が詳しいでしょう」 出来る事ならば、退院後、暫くクラナガンから離れてくださいとフレイザーは言った、私は本気で リッチェンスを片付けたいと思っていますが、この町で個人的な戦争が起きるのどうも。 考えてみるよ、と市川は答えた。そして数日後オーリスが、彼女の几帳面さを裏付けるように学究的な態度で記されたクリスマスローズについてのあれこれがあった。 市川は三度読み返した。そして、娘が興味を持つだろう部分を見つけ出し、順位をつけ、判定した。人を狂気から回復させると信じられた霊薬の原料。 エデンから放逐された最初の男女が免罪符として持ち出したもの。花言葉は「我を不安より解き放ちたまえ」 退院当日、シャマルは市川が注文したとおりの眼帯を持って現れた、そして左目の水晶体も治り視力も徐々に戻っているが出来るだけ左目に衝撃を与えないで下さいと言った、 それに礼を言い、眼帯をつけた市川にはやては男ぶりあがったなぁと言った市川はありがとうと答え内心で、まさに黄色い悪魔そのものだと呟いた。 本部の前にはフレイザーが数人の部下と共に彼を待っていた。町を離れてくださいとフレイザーは言った、そして市川はかつての妻の墓参りをした後にエルセア辺りで左目を完全に直す為 にゆっくりしますよと…そして自宅で準備を行い(オーリスも行きたがったが、6課成立やレリック事件で振り回されておりとても行ける状態ではなかった)、列車に乗り込んだ、 途中でフレイザーが派遣した彼の護衛兼監視役をトイレにいくふりをして、あっと言う間に気絶させた。そして駅員に彼は疲れているのか良く眠っている置き引きに会わない様に注意して貰いたいと伝えた。 彼が降り立ったのはかなり大きな町だった。市川は駅で中古車を扱う店の場所を確かめ、そこへ向かった、店についた市川は受付の女性に店長を呼んでもらいたいといった。事務室から出てきたのはいかのも 苦労人といった風情の五〇絡みの男性だった、局にいたことがあるなと市川は見当をつけた。 すぐに持ち帰ることの可能な車はあるだろうかと彼は店長に尋ねた。店長は怪訝そうな表情を浮かべた。市川は身分証を取り出し、彼はそれを見せた。局務で必要なのだと市川は言った。 店長は背筋を伸ばし、二佐、お貸し出来る車ならばありますと言った。市川は店長へ強引に金を押し付けた。彼には4年間手付かずだった俸給があった、そして市川は目立つことを避けた色の車で、 彼が責任を果たさなければならない場所、彼自身の戦場へと戻っていった。 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2651.html
時空管理局巨大データベース『無限書庫』は、管理局が管理している全世界 の書籍やデータ類などがまとめて保存されている書庫だ。探せばどんな情報だ って見つけだすことができるとさえ言われるこの場所を、このように称した人 物がいる。 ここは、世界の記憶を収めた場所だ――と。 まったくもって、その通りだった。 無限書庫の整理と、そして管理を任されて十年近くが過ぎようとしている。 始めたころはただの司書だった自分も、今では司書長として幾人もの司書を部 下とする立場にある。 「仕事ばかり、増えてるけどね」 ユーノ・スクライアはこの日、滅多にない休日を自宅である官舎で過ごして いた。無限書庫司書長兼ミッドチルダ考古学会の若き学者……これが彼の、今 現在の肩書である。だが、ユーノは、これほどまで名ばかりの肩書きも無いと 思っている。 今の仕事は、別に嫌いではない。好きでもないことを、十年も続けられるも のか。趣味の考古学研究との両立も、なんとかできている。だが、ユーノは時 々思うことがある。 「友達に会う時間も満足に作れないんじゃ、一般人にも満たないな」 苦笑するも、忙しいのは何もユーノだけではない。幼馴染であるなのはや、 その親友であるフェイトは管理局員として激務の中にいる。両者ともに忙しい となかなか噛み合わないもので、例えばユーノが暇なときになのはは忙しく、 なのはに時間があるときユーノは採掘に出かけている、なんてことが度々あっ た。後者に関してはユーノ自身に問題があったと言えるが、すれ違ってしまっ たのだから仕方ない。たまには時間を作って一緒に食事でも、などというやり 取りも今ではすっかり社交辞令状態だ。 しかも近頃は、八神はやて女史が結成した新部隊に出向したとかで、今まで 以上に忙しく働いている。はやてもまあ、ユーノの十年来の友人ではあるが、 どちらかといえば『なのはの友人』と言った感じだろう。対するはやても、ユ ーノは『なのはの幼馴染』という認識だ。まあ、昔からそれほど積極的に交流 をしていたわけでもないし、なのはにすら会う機会が減っているのだから、は やてと疎遠になっていることは仕方ないだろう。 ともあれ、なのはにしろフェイトにしろ忙しいことに違いはなく、 「ユーノくーん、今居るー?」 こんな風になのはが笑顔で、しかも自分の自宅に訪ねてくることなんて滅多 になくなって…………アレ? 「な、なのは!?」 ユーノは思わず、持っていたティーカップを取り落としそうになる。すると なのはが軽い魔法を使ってそれをゆっくりとテーブルに誘導する。 「危ないよ、急にカップを落としちゃ。絨毯染みになるんじゃないかな?」 何故か、ユーノの幼馴染にして機動六課スターズ分隊隊長高町なのはがそこ にいた。 第10話「出会い」 高町なのはが、ユーノ・スクライアの下を訪れるのは、彼の職場である無限 書庫を除けばほとんどない。官舎に移り住んだ当初は、物珍しさと世話好きな 面もあってか何かと訪れていたが、最近はそれもめっきり減った。まあ、年頃 の娘が幼馴染とはいえ同年代の男の家によく行くというのも、それはそれで色 々問題があるのだろうが。 ユーノはなのはを来客用ソファに勧めると、お茶でも淹れなおそうかと思っ たが「いいよ、いいよ。自分でやるから」と、なのはは勝手知ったるなんとや ら、という具合に台所に向かって行った。ユーノは家の内装に興味がなく、模 様替えや家具の買い替えなどを滅多にしないので、なのはが以前来たときのま まなのだ。 「ユーノくん、ちゃんとお部屋の掃除してる? 食器とかも結構溜まってたけ ど」 ソファに腰掛け、ユーノと向かい合いながら茶をすするなのは。 「まあ、あまり帰らないから」 「……外泊してるの?」 「我らが偉大な書庫で、本を枕にして寝ているよ」 二人が会うこと自体は、それほど久しぶりでもない。少し前、ホテル・アグ スタで起こった一連の事件で、ユーノはなのはと久しぶりに顔を合わせている。 あの事件以降の出来事は、彼の耳にも幾つか入ってきてはいるが…… 「そういえば、最近書庫でこんなことがあってね」 今日は何かあったの? と、ユーノは訊かない。訊くつもりもない。 何かあったことには間違いないのだろうが、悩みを聞いてやることがすべて ではないと、ユーノは考えている。話したくなれば話すだろうし、話したくな いのなら、話す必要などないのだ。 そんな彼の心遣いに、なのはは心の中で感謝している。 これが優しさへの甘えであることは分かっているが、なのはにとってそれが 出来るのは、ユーノだけだ。彼との付き合いは年月だけなら親友のフェイト以 上で、彼女と同等、いや、それ以上の存在だろう。 ユーノはなのはが本当に辛い時、何も訊かず黙って傍にいてくれる。フェイ トのように悩みを聞いて励ますわけでもなく、ユーノはなのはの精神的な支え として、そこに居てくれるのだ。 それがどれほど貴重なものか、なのははよく理解している。だからこそ、彼 女にとってユーノ・スクライアはただの幼馴染以上に、大切な存在なのだ。 あるいは、親友以上に自分の本質を知っている彼に、自分は甘え通りこして 依存しているのかもしれない。彼の優しさに溺れ、逃げているだけなのかもし れない。 これは弱さか――弱さなのだろう。 あの時から、弱い自分は捨てたはずなのに。 二人は笑う、微笑みを交わす。だけどその笑みには、どことない虚しさのよ うなものがあった。ただ一つ言えることは、この時のなのははユーノの存在を 強く求めていた。 所変わって機動六課では、なのは以外の隊長と、副隊長や隊員たちを含めた 緊急会議が行われていた。もっとも、会議と言ってもブリーフィングルームで 行われるようなものではなく、休憩室のソファに腰掛け、居合わせた隊員たち でテーブル囲んで話をする、という類のものだ。参加しているのも、はやてに フェイト、リインにヴィータ、エリオとキャロにスバルという面子だ。 なので当然、話し合われるないような職務に関することではない。まあ、近 いといえば近い内容でもあるが。 「しっかし、なのは隊長がそんなことをねぇ……ちょっと信じられへん」 緑茶をすすりながら、はやてが率直な感想を漏らす。 なのはとティアナの模擬戦の際、丁度はやては隊舎を離れており、実際の現 場を目撃していない。スカリエッティのときといい、どうにも自分は肝心な時 に仲間外れにされている気がする。もちろん、気がするだけだが。 「なのはちゃんもあれで、堪るもん堪ってたんやなぁ」 そういう言い方はどうかと思うが、それが最も事実に近い意見であると他の 隊員たちは思っていた。なのはだって人の子であるし、完全無欠の人格者など ではない。怒りで我を忘れてしまった、などということがあっても、意外では あるが驚くべきことでもないだろう。 被害者、という表現を使うべきか、ティアナはこの件に関してなのはを恨む とか、強い怒りを覚えると言ったことはなかった。それどころか、あの高町な のはを一瞬でも本気にさせることができたというのが嬉しかったらしく、また 自主練に励むようになっている。 「まあ、ティアも気にしてないみたいですし、いいんじゃないですか?」 スバルはこのように言うが、むしろ気にしているのはなのはの方であろう。 フェイトに気絶させられ、医務室で目を覚ますという衝撃的な結果に終わった 模擬戦に、なのははショックを隠せなかったらしい。ティアナにも合わす顔が ないのか、はやてに外出許可の申請をすると返事も待たずにどこかに行ってし まった。 「そうやなぁ……ところで、ゼロはどないしとる?」 はやては茶菓子を摘みながら、席の端に座っているフェイトに尋ねる。ゼロ も一応、今回の一件の当事者となった男である。 「今日は、ギンガが中央地区の先端技術医療センターに連れて行ってる」 「へぇ、あそこに」 先端技術医療センターは、その名の通りミッドチルダにおける最先端の技術 を医療へと利用するための研究などが行われている場所である。一応、実際の 医療機関としても稼働しており、戦闘機人であるギンガやスバルはここで定期 健診を受けている。 「ゼロも戦い続きだったから……あそこの設備なら役立つと思って」 なのはの砲撃すら弾き飛ばしたゼロであるが、さすがに無傷というわけには いかなかった。そもそも、彼はナンバーズと激闘を行い戻ってきたばかりであ り、損傷と疲労を抱えたまま、あのような無茶な行動に出たのだ。 「そりゃ倒れるわな」 ウンウンと頷きながら、はやてはまた一杯茶をすする。茶飲み話としては、 面白みに欠ける内容だろう 「だけどまあ、逆に言えば手負いで今度はなのはちゃんの攻撃を防いだわけか ……はぁ~、恐ろしい奴やな」 今度は、というのは前にも似たようなことがあったからで、ゼロは一度手負 いの状態でフェイトと互角に戦っている。 「はやて、またそんなこと言って」 口調から、はやてが本気ではないことぐらい判る。最近のはやては、ゼロの 存在を少しずつではあるが認めるようになってきた。慣れたのだろう、という のはリインの意見であるが、どんな理由にせよ仲良くなってくれるに越したこ とはない。 「まあ、味方である内は安心やな」 妥協するべき部分は妥協するべきだろう。 はやてが考えを改め始めたのには、いくつかの理由がある。一つ目は、ゼロ が確かな功績、戦果を上げていることが大きい。既にスカリエッティの部下で ある二体の戦闘機人を撃破し、その事実は『六課の戦績』として記録に残され ている。利益をもたらす存在には、一定の経緯が必要なはずだ。 次に、これはリインが指摘したことであるがゼロの存在にも慣れてきた。慣 れざるを得なかったともいえるが、実のところ今現在の機動六課でゼロのこと を明確に嫌っているのははやてぐらいで、フェイトやギンガはもちろん、ティ アナやスバルなどといった面々もゼロに好意的だ。なのはにしても興味はない が嫌いではないようで、そうなると多勢に無勢、一方的に嫌っているはやての 肩身が狭くなるというものだ。 忠実なる守護騎士にしてから、リインはゼロのことを気に入っているようだ し、シグナムなども「態度はともかく実力は認めてやるべきでしょう」と言っ ている。騎士たちにまで言われては、はやてとしても今までの態度を反省する かはともかく、これからの対応を憂慮しなくてはならないだろう。 ただ、常識論を言えばはやては皆が皆、ゼロに対して友好的になるのもいけ ないのではないかと考えている。大半は彼のことを認めていると言っても、そ れは自分のように彼の存在を認めていない人間がいるからこそ成り立っている 一面も否定できないだろう。そもそもが異世界の住人という微妙な立場だ。あ る程度は距離を置く人間も存在しないと、人間関係というのは成り立たない。 無意識化の同情、つまりゼロに対する好意が「異世界から迷い込んで大変そ うだから」とか、「はやて総隊長に嫌われていて可哀想だから」などと言った 理由の場合、その理由が消えてしまうと好意そのものも消える恐れがある。 まあ、元々好きなタイプではないし、無理に好意的に接する必要もないだろ う。どうもクールな男というのは好みじゃ…… 「待ってください!」 声は、意外な方向から響いた。 はやてが茶菓子を摘んでいた手を止め、フェイトも口に運ぼうとしたコーヒ ーカップをテーブルに置き直した。 エリオ・モンディアルが、テーブルに手をついて立ち上がっていた。 「どうしたの、エリオ……?」 被保護者が何やら思いつめた顔をして発言したことに気づいたフェイトは、 怪訝そうな声を出す。 「僕は……自分は、あいつを信用できません」 あいつとは、ゼロのことだろうか? フェイトが何か言おうとしたが、先に口を開いたのははやてだった。 「ほぅ、その理由は?」 止めていた手を動かし、茶菓子を摘み直すはやて。彼女にとっては、まだ茶 飲み話に過ぎない。 「だって、おかしいですよ。あいつが、あの人が来てから! どうしてスカリ エッティがあの人に戦いを挑んできて、何で六課がそのサポートをしているん ですか」 それは全員が疑問に思っていることだろう。後者は前者の事情を鑑みるに仕 方ないとしても、そもそも何故前者が起こったのか。スカリエッティは自己顕 示欲の強い犯罪者として知られているから、今回のゲームのような目立つこと をすること自体に不思議はない。 だが、何故ゼロなのか? どうしてゼロが指名され、戦っているのか。 こればっかりはスカリエッティに訊かなければわからない話だが、状況だけ 見れば六課はスカリエッティとゼロに振り回されていると感じなくもない。事 実、はやてなどはそんな風に考えることもある。 「僕たち機動六課は、レリック事件の解決と、その主犯であるスカリエッティ の逮捕を第一に動いてたのに、いつの間にか無関係なゲームに付き合わされて る」 無関係と断定するのはどうかと思うが、六課がゲームに付き合う理由は確か にない。だからといって、ゼロに協力しない理由もないのだが…… 「なるほど、その意見はもっともやけど、奴を信用できないというのは?」 はやては、エリオに対し自由な発言を許している。これは上官が部下に自由 に発言もさせない職場など息苦しいだけだと常々考えているからだが、今はエ リオが垣間見せている覇気が面白い。 「あの人が凄く強いのは認めます。だけど、いつ敵になるかなんてわからない じゃないですか」 「エリオ、なんてことを!」 フェイトが立ち上がるも、それをはやてが制した。 「敵になる、か。その根拠は?」 「そもそも戦っている理由が不透明です」 言われてみれば、ゼロがスカリエッティの挑戦を受けた理由は謎が多い。ま さか、売られた喧嘩を買ったわけでもあるまいし、何か思惑でもあるのか。 「仮に戦果を上げて、それを交渉材料に元の世界への帰還を求めているなら、 それは危険だと思います。もしスカリエッティが次元航行技術の提供を条件に 協力を申し込んだら」 あるいは簡単に寝返るのではないか。 それはあくまで可能性、根拠に欠ける意見。しかし、スカリエッティの目的 とゼロの真意が分からないという前提がある以上、決してあり得なくはないの ではないか? 「そんなの、本人に訊けばいいことだよ」 フェイトはあくまで、ゼロの擁護に回る。エリオがどうして急に、こんなこ とを言い出したのかわからないが、被保護者だからと言って肩を持つわけにも いかないだろう。 「はやて総隊長は先ほど言いました。味方である内は安心だと。じゃあ、もし 敵になったらどうするんですか!?」 戦って、ゼロに勝てるのか。はやてですら、即答するのを躊躇う質問だった。 ゼロは強い、強すぎる。まだまだ未知数な部分は多いと言え、単体の戦闘能力 としては、フェイトやなのはに匹敵する実力を持っているはずだ。 「でも、それは可能性や。先のことを見越すのは戦略眼としては重要やけど、 危険性だけで処罰、処断するのはあかんよ」 この場合、ゼロを心強い味方だと認識するか、謎の多い危険人物と捉えてい るかで大きく考え方が変わる。ティアナなどは前者に傾いているが、エリオは 後者である。はやてもどちらかといえば後者であるが、だからといって賛同は しなかった。 「あの力は、危険すぎます……!」 はやては、エリオの反発理由に不安感があるのではないかと思った。フェイ トと目を合わせてみるが、彼女もそう感じたらしい。ゼロが強いというのは、 もう何度も言っていることで、確かに彼の強さは強烈だ。だが、人というのは あまりに強烈で、圧倒的なものを見ると畏怖を感じてしまう。 強すぎる力に対しての危機感、もしこの場にギンガやティアナがいればそれ に対して苦笑を覚えたことだろう。 ゼロはガジェット部隊を壊滅させ、戦闘機人を既に二人倒した事実がある。 だが、彼は何も圧倒的な力で圧勝をして見せたわけじゃないし、実際に戦闘を 見た二人なら、彼が窮地に陥ったことがあるのも知っている。第一、彼が最強 無敵の戦士ならば、ギンガに連れられ先端技術医療センターなどに行っていな いはずだ。 こうしたことから、エリオの意見は単なるゼロへの反感、不安感で済ませる ことが出来るものだった。フェイトはそれを指摘し、彼を宥めようとしたが、 彼女より早く、より感情的な意見をぶつけてしまった少女がいた。 「それは……間違ってるよ」 キャロ・ル・ルシエだった。隊長や、エリオの話を隅で黙って聞いていた彼 女であったが、エリオの話が進むにつれてその表情は悲しげなものへと変化し ていたのだ。 「キャロ?」 思いもかけぬ人物からの反論に、エリオが困惑する。 「エリオくんは、強すぎる力は危険だって言いたいんでしょう? そんなの… …そんなの間違ってる!」 強い意志と、言葉を持ってキャロは立ち上がった。彼女自身は、別にゼロの ことが好きでも嫌いでもない。過去の経緯から人見知りの傾向がある彼女は、 ゼロに対しても、凄く強い人でフェイトさんと仲が良い程度の認識でしかなか った。 「キャロはあいつを庇うの!?」 それなりに仲良くなってきたと思っていた少女に、意外なほど強い口調で反 論されたのがショックだったのか、エリオは思わず声を荒げた。 「違う、私は……私はただ」 別にキャロは、ゼロを庇ったわけではない。強すぎる力、それを危険視した エリオの態度と姿勢に反発を覚えたのだ。何故なら、自分もかつてそうだった から。 「二人とも辞めて!」 一触即発、というほどではなにしろ、激しい対立を露にしたエリオとキャロ に対し、フェイトが止めに入った。 「エリオ、キャロの言う通りだよ。強すぎる力がいけないのなら、私やなのは だって同じことになる」 これが自身の力への自画自賛などではなく、単純にキャロを庇っての意見だ った。フェイトはキャロの過去を知っていたし、何故彼女がエリオに反発、反 論したのかも分かっていた。 だが、それは結果としてエリオを否定し、彼を突き放す結果となった。 「……っ!」 エリオは駆け出し、飛び出して行ってしまった。ほとんど反射的に、フェイ トがその後を追う。キャロは二人がいなくなったことで緊張の糸が切れたのか、 力が抜けたように椅子にへたり込んでしまった。 「若いなぁ」 飛び出して行った二人を見送りながら、はやては茶を啜ろうとした。しかし、 中身はすでに空だった。 「はやてちゃん、なんかババ臭いですよ」 リインが呆れたように声を出した。 「エリオ待って、待ちなさい!」 隊舎の廊下で、フェイトはエリオを捉まえた。 フェイトの声に、エリオは立ち止まる。 「何で……どうしてあんなことを?」 彼もまた、キャロとは違うも壮絶といっていい過去を持つ少年である。今で こそ物わかりのいい真面目な性格であるが、昔はそれこそ荒みきっていた。そ れは少年の人格形成の段階で、すべての大人がその責務と義務を放棄したから であるが、長い時間を掛けて接することで、フェイトはエリオを立ち直らせる ことができた、できたと思っていた。 「あなたの言う通り、ゼロの力は凄い。だけど、彼はその力を私たちに向けた ことは一度だってない」 元の世界において、ゼロがどんなことをしていたのかは知らない。 でも、彼がこの世界でしてきたことなら、知っている。 「彼を、信じてあげて。彼はきっと――」 フェイトがエリオを説得しようと試みた時、エリオは叫び声を持ってそれを 遮断した。 「フェイトさん!!」 その声は、震えていた。叫び声、大きな声であるはずなのに、弱弱しく、震 えていた。 「教えて、いえ、答えてください。僕は……僕は強いですか?」 振り返り、フェイトの目を見るエリオ。フェイトは、何故エリオが今、そん な質問をするのかがわからない。 「お願いです、答えてください!」 質問の意図はわからなかった。わからなかったが、それが適当に答えていい 部類の質問でないことは、エリオの目を見れば分かった。彼の眼はどこまでも 純粋で、真剣だった。 「強くなっていると思う。確実に」 事実、六課の新人たちで一番成長速度が速く、実力と才能が高いのはエリオ だろう。パワーなどはスバルに劣ると言っても、総合評価では彼に部がある。 故にフェイトの答えは全く間違ってはいないし、エリオは今後もっと強くなる 可能性を秘めている。 だが、エリオの求めた答えは違っていた。 フェイトと、そして先のはやては大きな認識間違いをしていたのだ。エリオ のゼロに対する反感や反発に、その力への危機感がなかったかといえば、間違 いなくあっただろう。けれども、程度でいえばそれは他の隊員が持っているも のとさほど変わらぬ微々たるものであり、エリオがゼロを嫌ったのにはもっと 別の、明確な理由があった。 「それじゃ……それじゃダメなんだ!」 叫ぶと、エリオは再び駆け出し、走り去ってしまった。 「エリオ!」 フェイトは半ば呆然と、その後ろ姿を見つめることしかできなかった。 さて、ギンガとともにクラナガンの先端技術医療センターを訪れたゼロであ るが、彼の『診察』を担当したのはマリエル・アテンザという女性だった。時 空管理局本局の第四技術部に所属する精密技術官で、メカニックマイスターと いう資格を持っているという。 技術者としての知識と経験は多岐にわたり、十年ほど前まではデバイスシス テムの研究と改良に勤しんでいたが、近年は戦闘機人システムの解析に熱を上 げているらしい。その一環、というわけではないがギンガとスバルの姉妹を幼 少のころから知っており、彼女らの定期健診を担当している。 「ふーん、話には聞いてたけど本当に全身機械なんだねー」 マリエルは、ゼロに対して偏見や先入観を持っていなかった。技術者、研究 者としてセンターに席を持つ彼女であるが、ゼロの存在そのものに強い衝撃を 受けていた六課医療主任のシャマルとは全く違う感じである。 「驚かないのか?」 この世界では驚かれることが絶対的に多かったので、ゼロにとってマリエル の反応は意外だった。 マリエルはその問いに、ギンガが待合室にいることを確認すると小声で耳打 ちした。 「言い方は良くないけど、慣れてるんですよ。特殊な存在には」 人造魔導師にしろ、戦闘機人にしろ、様々なものを見てきた。技術者として 興味深い存在ではあるが、取り立ててどうというほどの驚きはない。色々と麻 痺しているのかもしれませんね、とマリエルは苦笑した。 「メンテナンス装置で、損傷や負荷に対する処置は出来ました。欠損した部品 などはありませんし、幾分か身体は楽になったかと思いますが?」 基本的なエネルギーはジュエルシードで賄っているが、損傷や疲労はたまる。 レプリロイドというミッドチルダのそれを上回る技術の結晶に対応できるのか という疑問はあったが、さすがはいくつもの次元世界を管理するだけのことは ある。先端技術医療センターの設備は、ゼロを回復させることが出来た。 「私は基本的に技術者ですから、何かあったら声を掛けてください。力になれ ると思うので」 ゼロにとって幸運だったのは、ミッドチルダが一定水準以上の科学力と技術 力を持った世界であったことだろう。これが未開の惑星とかに転載されていた らどうなっていたことか。元の世界に帰ることも、時間が掛かるとはいえこの 世界だからこそ出来るのだ。 「……アンタは、メンテナンス以外にどんなことが出来るんだ?」 「色々出来ますよ。最近はご無沙汰ですが、昔はデバイスとかも作ってました し」 マリエルは優秀なデバイス研究者としても知られており、デバイス技術の歴 史を変えたことは一度や二度ではない。 「デバイス、か」 それがフェイトやティアナなどが持つ武器の総称であることは知っている。 武器という表現をしたが、要するに魔法を動力に動く機械と考えれば判りやす く、ギンガの装着している脚部ローラーもデバイスだそうだ。 「例えば、オレが武器の設計図を持ってきたとして、アンタはそれを再現でき るか?」 ゼロは、かなり踏み込んだ質問をしている。ギンガに聞いた話だが、この世 界では魔法を使わない兵器は『質量兵器』というのに分類され、違法物となっ ているらしい。さすがに拳銃など小型の物は、魔力資質を持たない一般局員な どに限って使用許可が下りているが、それでも各種制限がある。 そして、魔力など持たないレプリロイドのゼロが望む武器とは…… 「面白いですね。大丈夫ですよ、技術者には研究という名目がありますから、 ある程度の無理は利きます……詳しく話してください」 結局、ゼロが先端技術センターを後にしたのは日暮れになってからだった。 ギンガは父親に会う予定があるとかで、菓子屋で菓子を買いつつゼロと別れた。 帰りの地上車を呼ぶと言われたが、ゼロはそれを断って一人街を歩いている。 この世界に来てから、幾日過ぎたのだろうか? ゼロとて、望郷の念はある。前に頼んでいたフェイトの兄とやらは、面倒ご とながらも妹の頼みだからと、忙しい仕事の合間を縫ってゼロの帰還に対して 行動をしてくれているそうだ。だが、これもフェイトから聞いた話だが、ゼロ がどの世界から来たのか、この特定に時間が掛かっているらしく、難航してい る。 「帰る方法が見つかったとして――」 自分はすぐに帰るのだろうか? 今ある戦いも、なにかも放り出して。 そんなことは出来ない。関わって、戦ってしまったからには最後まで戦い抜 かなければならないだろう。幾人か、借りを作ってしまった相手もいる。 義理もなければ、責任もないはずだった。それでもゼロは、戦おうとしてい る。その為にマリエルにある物の製作依頼をしたのだから。 物思いに耽るゼロであるが、そんな彼の背中に声が掛かった。 「あれ? こんなところで何してるの?」 振り返ると、そこに高町なのはが立っていた。いつもの制服ではなく私服で、 しかも髪を下ろしていたので一瞬誰だか判らなかった。 「アンタこそ、こんなところで何をしている」 ゼロとギンガは割りと早い時間に隊舎を出たので、なのはが外出しているこ とを知らなかった。 「ちょっと友達の家に行ってきた帰りだよ。折角出てきたから、ケーキでも買 って帰ろうかと思って。そっちは?」 帰る場所も一緒であるからして、ゼロとなのははともに街を歩いていた。 「そっか、病院に行ってたんだぁ……それはごめんなさい」 別になのはの攻撃を受けたのだけが原因ではないが、一因であることには間 違いない。 「ティアナにもちゃんと謝らないといけないね」 参ったなと呟きながら、照れくさそうになのはは苦笑する。 実のところ、彼女自身あの時どうしてあのような――ティアナに向けて砲撃 を行ったのか、その理由が分かっていない。無意識化の行動だったと言えばそ れまでだが、何か違和感がある。 「左腕は、悪いのか?」 ゼロは左隣を歩くなのはを横目で見ながら、気になっていたことを尋ねる。 「あぁ、これ」 なのはは右手で、自身の左腕を擦る。その表情はどこか物悲しそうで、自嘲 めいたもの。 「別に、悪いところなんてないよ。ただ……昔、ね」 もう、八年も前の話になる。任務で異世界に赴いた彼女は、その帰還中に謎 の機動兵器による攻撃を受けた。当時すでに、管理局のエースとして並の魔導 師を寄せ付けない実力を誇っていた彼女は、これを迎撃、そして―― 完膚なきまでに敗北、撃墜された。 敗北の要因はいくつもある。無茶をしすぎていたからだとか、デバイスの改 造と改良が当時は上手くいっておらず不安定だったとか。だが、それがなんだ というのだ。 なのははあの時、確かに負けたのだ。瀕死の重傷を負い、復帰には一年とい う月日を要した。死にかけて、たくさんの人に迷惑をかけて、出来れば思い出 したくない負の記憶。 「左腕は、完治してる。主治医は後遺症も残ってないし、日常生活どころか戦 闘も行えると保証してくれた。くれたのに……」 トラウマ、という奴だろうか? なのはは今になっても、左腕や左側面を意 識せずにいられない。今も右隣にゼロが歩いているわけだが、なのはは自然と この位置取りをした。 「でも、気づかれるとは思ってなかったな。このことを知ってるのはフェイト ちゃんぐらいだけど、聞いてたの?」 「いや、何も聞いてはいない」 「じゃあ、見抜かれたわけか。私もまだまだだね」 克服せねばならない弱点だと分かってはいるのだが、これは内面的、精神的 な問題だ。 「ほんと参ったな……弱い自分は捨てたつもりなのに」 弱点のある戦士など、普通は使いものにならない。なのはが今日まで現役で いられたのは、それを補うに十分たる実力があったからだ。 「お前は、戦うことが好きなのか?」 「人を戦闘狂みたいに言わないでほしいな。いきなりなに?」 「それほどの怪我をしたのなら、引退するという手もあっただろう」 フェイトの年齢が確か19歳と聞いている。なのはは同年齢の幼馴染なのだか ら、八年前と言えば11歳程度だろう。そんな年齢のとき重傷を負ったというの に、よくもまあ管理局員など続けられているものである。仮に仕事が好きだか ら続けているのだとして、なのはの仕事は戦うことであるからイコールで戦い 好きと思われても、まあ仕方がない話だ。 「……まあ、戦うことは嫌いじゃないよ」 中学校を卒業してから、なのははその活動拠点をミッドチルダに移した。そ れはフェイトやはやても同じことであるが、複雑な人生を歩んでいる両者と違 い、なのはには必ずしもそうしなければならない理由はなかった。 だけど、なのはは管理局員として戦い続けることを望んだ。 「結局、それ以外の道を知らなかったんだよね。戦って、戦って、戦い続けて ……この十年それしかしてこなかったから」 道だけなら、他にもあったと思う。例えば、実家の菓子屋を継ぐとか。昔は 継ぐ気もあったのだが、今ではとても考えられない。 「私はね、魔導師としての自分が好きなの。はぐらかしたけど、戦うことも多 分好きなんだと思う」 強い瞳が、そこにはあった。 「だから、私は戦闘で傷つくことを恐れない。戦闘で負った傷は、戦士として の誇りなの。全て受けとめて、戦い続ける覚悟は持ってる」 誇りを持てるからこそ、なのはは魔導師として、戦士として戦い続けること ができる。 故に、なのはは強くなくてはいけない。誰にも負けず、倒されず、もう誰に も迷惑など掛けたくはないから。 「…………………」 ゼロは、なのはが語った信念ともいうべき言葉に、彼にしては珍しく複雑な 表情をしていた。思うところあるのか、それとも何か言いたいことでもあるの か。 「オレの友に、アンタによく似た奴がいた」 静かに、ゼロは口を開いた。 「そいつは、とても強い戦士だった。オレよりも、そして誰よりも強い力を持 っていたが、当の本人は自分が戦うことに対して常に疑問を抱き、悩み続けて いた」 親友であり、戦友だった。もはやおぼろげにも思い出せないが、自分は確か に彼と共に闘っていた。 なのにゼロは、彼を残し、彼の前から姿を消した。 「長い年月が過ぎた時、オレはそいつと再会した」 再会した友は、自分と同じく変わり果てていた。 ゼロが記憶を失ったように、彼は全てが壊れていた。 「オレが消えた後も、永い時の中、そいつはたった一人で、途方もない数の敵 と戦い続けていたそうだ。何故なら、そいつは戦士であり、それ以外の道を知 らなかったから」 なのはの表情が、若干であるが変化する。 「再会を果たした時、そいつはオレに言った」 ――キミがボクを残してこの世界から消えてから、ボクは100年近く、たった一 人で途方もない数のイレギュラーと戦っていたんだよ? それは、辛く悲しい 戦いの日々だった。しかし、何よりも悲しかったのは…… 「その人は、あなたになんて言ったの?」 なのはが、真剣な表情でゼロに続きを話すよう諭した。意外にも、彼女が初 めてゼロに見せる姿だった。 「何よりも悲しかったのは、だんだんと何も感じなくなってくる……自分の心」 エックスは、あの時確かにそう言った。ゼロが姿を消し、戦い続けた果てに、 彼は心を壊し尽くしていた。あれだけ正義感と責任感が強かった男が、すべて を放棄し、世界をゼロに託して、消えていった。 「私……似てるの、かな?」 少なからず、なのははゼロの話に衝撃を受けたらしい。 普段彼女が浮かべていた、作り物のような笑みが完全に消えている。 「戦い続けるのは、お前の勝手だ。オレは、オレが感じたことを言ったに過ぎ ない」 ティアナに向けて砲撃を行ったとき、なのはは躊躇いというものを一切見せ なかった。それどころか、怒りも悲しみも、一切の感情がなかったようにも思 える。 なのはは何かを喋ろうとして、何も言えないでいた。自分は反論したいのか、 それとも否定がしたいのか、それすらわからない。 「私は――!」 彼女は口を開いた。だが、言葉を発することはできなかった。出なかったの ではない、遮られたのだ。 突然の、爆発音に。 「なんだ!?」 小さいが、それは確かに聞こえた。間違いなく、何かが爆発した音だ。ゼロ は周囲を確認するが、炎も煙も見受けられない。なのはに確認しようとするが、 彼女はいきなり地面に膝をつき、耳を寄せる。 「……多分、地下だね。地下で、誰かがガジェットと戦ってる」 集音魔法で、地下から響く僅かな音を聞き当てるなのは。デバイスもまた、 地下にガジェットの反応があることを伝えている。 なのはは起ち上がると、周囲を見渡しマンホールを見つける。 「あそこから降りよう」 さすがだ、とゼロは思った。先ほどまでの動揺が一瞬で消え、魔導師として の彼女になっている。 マンホールを外し、なのはとゼロは地下へと降りた。魔法でなのはが明かり を灯し、暗い地下道を照らす。 「ガジェットの残骸……Ⅰ型だね」 少し歩いただけで、二人は爆発の原因を見つけた。ガジェットⅠ型が、見る も無惨に破壊されている。 「倒したのは、管理局の魔導師か?」 ゼロは呟くが、魔導師がいる気配はない。残骸に近づくと、そのすぐ近くに ガジェットとは違う形の物が転がっている。 「これは?」 なのはを見るが、彼女はその残骸に険しい顔をしていた。驚きを混ぜ込んだ 複雑な表情。 「生体ポッド……でも、なんでこんなところに」 その時、なにかがぶつかり合う音が聞こえた。固い者同士がぶつかり合う、 耳障りな音。 音のした方向を、なのはは照らす。 「誰かいるの?」 消して大きくはない声でも、地下というだけで響き渡る。反響したなのはの 声に、明かりに照らされた、小さな影が震えた。 「子供、か?」 薄汚れた布きれのような衣服に、同じく汚れた金髪。年の頃は、大きさから して4,5歳程度。少女よりも、幼女と言った方が相応しい。 金髪の幼女は、なのはの声に反応し、こちらを振り返った。 「…………」 異なる色を持った虚ろな目で、何かを呟いている。小さすぎて聴き取れない が、幼女はこちらを見ながら、後ずさりしている。 そんな幼女に、なのははゆっくりと近づいていった。 「――ッ!」 迫るなのはの存在に、幼女が逃げようとする。だが、なにかに足を絡まらせ て地面に転ける。よく見れば、幼女は足に鎖を繋がれているではないか。 なのは、幼女の前まで行くと、その場にしゃがみ込んだ。 「大丈夫、怖くないよ」 優しい、声だった。 こいつも、こんな声が出せるのかと、ゼロが思わず感心したほどに。 「怖くない、私はあなたを傷つけない……だから、ね?」 幼女に向かって、なのはは両手を伸ばす。 「ぅ…ぁ…」 恐る恐る、震えながら、幼女が手を伸ばした。 「そう、そうだよ」 優しく諭す、なのは。彼女は自分から動かず、幼女が自ら自分の手を取って くれるのを、待っている。 「マ…マ……」 手を掴む瞬間、幼女はそう呟いて倒れた。 なのはは反射的に前に出て、その小さな身体を胸で受け止める。 「ママ、か」 幼女を抱え上げると、なのはは黙って様子を見守っていたゼロに振り返った。 少しだけ、悲しげな笑みがそこにあった。 なのはは、気絶した幼女の寝顔に微笑みかける。 「さぁ、帰ろうか」 なのはにとって、それは運命の出会いと言える瞬間だった。 つづく 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/732.html
”管理局局員”は輸送中のロストロギアを回収するため、列車に乗り込んだ。 ”不良集団”は貨物室のお宝をちょいと頂くため、列車に乗り込んだ。 ”革命テロリスト集団”は偉大なる指導者を奪還するため、列車に乗り込んだ。 ”ギャング”は鉄道会社を脅して金をせしめるため、列車に乗り込んだ。 ”泥棒カップル”は一年ぶりにクラナガンの友人と会うため、列車に乗り込んだ。 出発の興奮に酔う彼らはまだ知らない。これから始まるクレイジーな夜を――― 一等客室 『黒服』 「死とは、決して平等なものではない」 豪勢な装飾の一等客室、そこにいた黒服集団のリーダーらしき男――『グース・パーキンス』が言葉を紡ぐ。 「命には確かに価値がある。 価値があるということは―――すなわち、格差も存在するということだ」 誰に向けられているのか分からないグースの言葉が空気の中に消える。 部屋の空気が重くなり、まるで時間が止まったかのようになる。それでも時間が流れていると分かるのは、外の景色が後ろへと流れていくのが見えるからであろうか。 黒服達は、これから決行される作戦への期待からか、目の奥に熱情と恍惚が混じり合ったようなものを宿していた。 だが、その中にも作戦など一切無価値なように振舞う人物がいた。黒いドレスの女――『シャーネ・ラフォレット』だ。 シャーネは誰とも目を合わせようともせず、自らの得物である重厚なナイフに映る自身の瞳だけを見つめていた。 視覚以外は全て周囲の黒服に向けられている。監視役というのが正確な言い方だろうか。 黒服達はそれに気付いていながらも不満を見せず、グースの言葉を待ちわびていた。そして期待に応えるかのように、グースが二の句を告げる。 「躊躇いも哀れみも必要ない。本来安価なままで死に絶えるはずだった乗客どもの命を、我々の手で最高の価値にまで引き上げてやるのだからな。 必要とあらば情けをかける必要はない。無価値な過去に終止符を打ち―――」 そして彼は、どこか楽しげな声でその言葉を告げた。 「誇り高き死を、与えてやれ」 二等客室 『白服』 「いやいやいやいや楽しみだ楽しみだ。本当に楽しみだ。本当に楽しみだよなあ? 何が楽しみって、これから決行の時までを楽しみながら過ごすことが楽しみで仕方ないねぇ。お前らもそうだろ?」 二等客室、こちらは一等客室程ではないにせよ、豪華な造りになっている。普通の列車ならば一等客室としても充分使えるような造りだ。 その二等客室のうちの一室で、そこに集う白服集団のリーダーらしき男――『ラッド・ルッソ』が滅茶苦茶なテンションで声を張り上げた。 そのまま彼は、自らの婚約者――『ルーア・クライン』へと声をかける。 「なあルーア、お前も楽しみか?」 「全然」 最高に楽しそうなラッドと違い、ルーアは楽しくないと言う。尤もそれは、今現在の彼女の退屈そうな表情を見れば一目瞭然ではあるが。 「ヒャハハハッハハハハ、そうかそうか全然楽しくねえか。じゃあ何か楽しい話をするとしようか?」 そう言ってラッドはルーアの顔に両手を添えて話す。無論、ここまでのテンションは一切崩さずに。 「この列車に乗ってる奴がみんな死んで、クラナガンの奴らも殺して、ミッドチルダの奴らも他の次元世界の連中も全部殺し尽くしたらよぉ、俺ら二人だけで森の教会で結婚式を挙げようぜ? その時、愛を誓いながらお前を派手に殺してやる。世界で最後の俺に殺される人間として、派手に丁寧に美しく惨たらしく―――できるだけ、楽しんで殺してやる」 まるで狂人の言葉だ。そんなもので楽しくなる人間など、自殺志願者か同じような狂人くらいしかいないだろう。 そのような事を言い、ラッドが再びルーアに問いかける。 「どうだ?少しは楽しくなったか?」 その問いに対し、ルーアが頬を染めながら頷いた。どうやら彼女はその「同じような狂人」の部類に入るようだ。 それを見て辟易している様子の白服を尻目に、ラッドが子供のような輝いた目で再び声を張り上げた。 「さーてさてさてっと?一等客室のリッチマンどもと三等客室の貧乏連中にお勉強させてやろうじゃねえか… 死の前には金持ちだろうと貧乏人だろうと、誰も誰もが平等ですよ、良かったですねってなぁ! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…」 三等客室 『ボロ服』 「うわあ、いい景色だね。これなら三等客室でも充分楽しい旅ができそうだよ」 三等客室。他の客室とはうって変わって、まるで急ごしらえで作ったかのような粗末な客室。 その客室から、顔に剣を模した刺青を入れた青年――『ジャグジー・スプロット』が外を見ていた。傍から見れば、ただの観光客にしか見えない。 「あのよぉ、ジャグジー」 そのジャグジーに対し、安服をまとったチンピラ風の青年――『ジャック』が話しかける。 「お前さ、本気でやるつもりなのか?」 「え?何を?」 …当初の目的を忘れたのだろうか。とぼけた表情でジャグジーが聞き返した。 そしてジャックが大声で突っ込む。周りに聞こえるとか、そういうことは一切無視したような大声で。 「何をじゃねえよ!貨物強盗に決まってんだろうが! なに呑気に景色なんか眺めてんだ!本気で貨物強盗なんかするのかって聞いてんだよ俺は!」 「ジャック、隣に聞こえてしまいますよ?この部屋、壁が薄いんですから」 眼帯をかけた金髪の女――『ニース・ホーリーストーン』がジャックを静かにたしなめる。 一方のジャックは怒っているような表情になっており、ジャグジーは泣きそうな顔で彼に謝る。 「ご、ごめん。突然の話で悪いとは…」 「謝るくらいなら最初からやんな!」 「じゃ、じゃあ謝らないよ。頑張って貨物を強盗しよう」 「謝るならちゃんと謝れよ!」 「どどど、どうしろっていうのさ?」 「どうもするな!とりあえず泣くな!」 もはや涙目になっているジャグジーに対し、ジャックが困ったような表情で 「ったく、しっかりしてくれよな…お前は一応俺らのボスなんだからよ。っていうか、お前が自分でここに来ることなんかなかったんじゃねえか? こういうこたぁ、荒事専門の俺らやドニーに任せときゃいいってのに」 「ぬが、呼んだか?」 窓際に座っていた褐色の大男――『ドニー』がその声に反応する。どうやら自分の名が出たことで、呼ばれたものと勘違いしたようだ。 そんなドニーを無視し、ジャックが続ける。 「とにかくだ、お前もボスだったらよ、少しは手前の命の価値ってもんを考えてくれよ」 その言葉に対し、ジャグジーがにこりと微笑んで答える。いつの間に涙を拭いたのか、もう涙目ではなくなっていた。 「僕はただ死にたくないだけだし、誰にも死んでほしくない。それだけ。だから―――そんな難しい話、死んだ後に考えるよ」 食堂車 『制服』 食堂車。一等・二等客室同様豪勢なデザインながら、客室に関係なく利用できることから、この列車の人気の要因のひとつともなっている。 今現在この食堂車を利用している数人の人物。彼女らは皆同じ服を着ている…まあ、これが彼女らの制服だからなのだが。 彼女らは食事をしながら会話に花を咲かせていたが、ふとオレンジ色の髪の女性――『ティアナ・ランスター』が気になっていたことを言う。 「でも、レリックを回収するのにこの列車に乗る必要あったんですか? 回収するだけなら鉄道会社に許可を取って、それから駅で待てばいいような気もするんですけど…」 食事を続けながら、ティアナが聞く。それと同時に金髪の女性――『フェイト・T・ハラオウン』がはっとした表情に。 「まさか…それに気付いてなかった、とかじゃあ…」 「ま、まさかいくら何でもそんなわけ…」 ティアナが二の句を告げるが、それを擁護するかのように赤髪の少年――『エリオ・モンディアル』が言う。 …が、もはや擁護は不可能なまでに動揺している。間違いなく忘れていたようだ。 「…まあ、少し早い休暇ってことで…駄目かな?」 フェイトがそう言いながら食事を続ける。もはや開き直っているとしか思えない。 そんな中、青髪の女性――『スバル・ナカジマ』が、窓の外に何かの影を見つける。 作業着を着た人間のように見えるが…その影はすぐに消えた。 「あれ?」 「どうしたの、スバル?」 そんなスバルの様子に気付いたのか、茶髪の女性――『高町なのは』が聞き、それに対してスバルが答えた。 「あ、いや…列車の外に人がいたような気がしたんですけど…やっぱり気のせいだったみたいです」 そして列車―――『フライング・プッシーフット号』は走る。いくつもの思惑を乗せて。 単発総合目次へ その他系目次へ TOPページへ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1670.html
「たっ! 大変です、バクラさん! 今日は2月14日ですよ! バレンタインですよ!?」 「そうだったな……で?」 「で?……じゃないです! 他の世界ではストロベリーだったり、カオスだったりな素晴らしいバレンタインを過ごしているのに…… どうして私達はシリアス真っ只中!?」 「しょうがねぇだろ、現在最大級の山場だぜ? オレ様も脱ぐと早くなる露出狂執務官を、どれほど素晴らしくブチ殺すかを考えるのに忙しいんだ」 「バクラさん……バレンタイン的なことしたいです」 「あ~ん? 興味ねえよ、チビ竜とでも戯れてろ」 「ちょっとで良いんです、一緒に……ね?」 「……しょうがねぇな、付き合ってやるか……」 「はい! ありがとうございます!!」 とまあそんな話があったりなかったりして、この先のお話は本編とは一切関係ないものと明記した上で…… 『キャロとバクラが慌ててバレンタイン的なことをするそうです』 「チョコが売り切れてなくて良かった~」 この頃住み着いたオンボロアパートのキッチンで、身近なスーパーのビニール袋からキャロが取り出すのはまさしくチョコ。 チョコレートと言う正式名称を持つカカオ豆などで生成されたお菓子だ。今日、このバレンタインと言う日には無くてはならない代物。 『で? 誰にやるんだ、ソレ。チビ竜か?』 「え……それは勿論……バクラさんです。日頃のお礼に」 物珍しそうにチョコレートを凝視していたバクラはキャロのそのはにかんだ答えに意外そうな顔をし、呆れたように肩を竦めた。 『オレにくれても食うのはお前の体だぜ、相棒?』 「夢の無い事をいう人ってキライです……」 興味深そうにチョコを狙っているフリードを叱り付け、キャロは湯煎の準備に取り掛かった。 まずは買ってきた一番安い板チョコを細かく刻み、ボールに集めていく。 次に熱した鍋にそのボールを浮かべる形で湯銭していくわけだが、その様子を見ながらまた情緒など読めない盗賊が余計な一言。 「別にそのままでも良いぜ? 喰ったら同じだし」 「貴方はよくても私はイヤなんです……せっかくの思いを伝えるチョコが板チョコなんて」 「キャウ~!!」 チョコレートが良い感じに溶けて来れば当然、香りが辺りに立ち込め始めるもの。 その独特な香りは幼竜の感覚器を大いに刺激したらしく、フリードが大興奮。 何時もは言い付けを良く聴く良い子なのだが、今回ばかりはそれが出来なかったらしく、鍋に飛び掛ろうとする。 「フリード! 危ない…キャッ!?」 ソレを防ごうとした反動でキャロのドジっ子性能がフルドライブ。 何を如何したのか解らないが、チョコが入ったボールが盛大に宙を舞う。 そしてソレがぶちまけられた先は……千年リングの上。 「随分と美味そうになっちまったな」 『すみません……』 呆れたバクラの声に、キャロのか細い謝罪が重なる。 チョコの海から引き上げた千年リングはキレイにコーティングされ、チョコレートで出来た芸術品のようでもあった。 「さっさと洗わねえと固まっちまうな」 『勿体無いですよ!』 「オレ様にこれを食えと?」 『うっ……だったら私が食べますから、変わってください』 「おっおい……」 キャロ自身もチョコレートなどここ最近食べていない もとよりバクラに食べてもらう分と自分が食べる分で半分ずつ、小さなものを二つ作ろうと思っていた。 床の上ではなく千年リングに掛かった部分なら、問題ないだろうと判断したらしい。 貧乏人の根性は健在である。 「はむ……甘くて……美味しいです」 まず三角を囲む円の部分から指で掬い取り、口に運ぶ。指についたチョコは勿論まだ固まりきっておらず、指を舐めるように味わう。 次にパラソルチョコのようになった指針の部分を直接口に入れて、しゃぶる。 その熱心な様子はまるで恋に浮かされたようでもあったりして……板チョコのクセにブランデーでも入っていたのか? 紅く染まった頬と潤んだ瞳、少女らしくない色気を漂わせたキャロ。 「バクラさんの……味がします」 だが……この盗賊はどこまでも雰囲気を読まない。 「そんな味するはずがねぇだろ」 『コレ、死体を溶かして作ったんだが?』といわない辺りがバクラの優しさである。 結論……ラブでもバトルでもなく、バレンタインデーはエロスと言うのを目指してみた。 しかし30分そこそこではどうしようもない。 目次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1671.html
魔法少女リリカルなのはSTS OF HUNTER 第十四話「挑戦」 あのときは雪で、吹雪で。 あのときは寒くて、忙しくて。 あのときは何かを狩りに行ったのか、何かを採りに行ったのか。 あのときの少女は……。 思い出すのは四年前の出来事。視界いっぱいに広がる白銀の世界。 変わらない仕事を終わらせに行っていた。珍しく一人で。本当に些細な日常の一ページで終わらせるつもりだった。 だけどストライプの飛竜が女の子を襲っているのが見えて。振り返っても俺ってお節介だったんだなぁと想う。 気付けばアイテムポーチから閃光玉を取り出して走り出していたんだ。 炸裂する閃光。真っ白な視界の中でも女の子を抱きかかえて、もう一人の女の子の小さな、小さな手をしっかりと握り締めて。 走る。走る。走る。 小さな体と小さな手を離さぬように。落とさぬように。気付けばベースキャンプ。 女の子と話をして、迎えが来た。と呟くと空には空飛ぶ船。 二人の女の子は空を飛び、空飛ぶ船へと向かっていく。その雪のごとく真っ白な衣服に身を包んだ少女と、燃え盛る炎のように赤い衣服に身を包んだ少女。 はっきりと憶えてる。そして今、この瞬間。その子とまた会い、ともに戦っている。仲間として。 ――ここで、俺の思考は止まる。 「Please get up; Jay….(起きてください。ジェイさん…)」 「ん……あぁ?」 俺、ジェイの再び思考が開始したときには辺りはどうしようもなく騒がしい。 ようやく思い出した。ここは管理局地上本部のロビー。視線を横に向ける。売店や自動販売機を使って食欲や喉の渇きを潤すためにものを買い、一息つく局員の姿。 反対側は入り口で、局員だけじゃなく一般市民の方々も足を運んで受付へと行き奥に消えていく。そして自分はロビーの片隅にあるテーブルで一息ついている。 軽めの素材でできているにも関わらずゆったりと座れる椅子。窓から当たる心地よい日差しもあって眠ってしまったらしい。 視線を下に。椅子と同じ素材であろうテーブルに四つのアクセサリー。なのは達が持つデバイスというやつだ。 なのは達は今お偉いさん方の会議に出席してるようでデバイス達をここに置いてきている。不自由だなぁ。 「I seem to have dozed off.(居眠りしてしまったようですね。)」 「んー…。」 真ん中に置いてある赤く丸い宝石、レイジングハートがぴかぴかと光って喋りだす。 まだ眠気がとれてないためまともに返事できてたのかわからない。 「After all a sleep of 1st had better wait for several minutes?(やはり、一日の睡眠時間が数分はお控えになったほうがいいのでは?)」 「慣れちゃったんだよなー。もう。」 レイジングハートの隣に置いてある蒼い宝石、マッハキャリバーが続けて喋りだす。 始めてこのデバイス達に会ったときはそりゃもう驚いた。いきなりアクセサリーが喋りだすのだから。でもまぁ、慣れた。 「The custom do not be a terrible thing.(習慣とは恐ろしいものですね。)」 「自分でもそう思うぜ。まったく。」 そして喋るのは小さなハンマーの形をしたグラーフアイゼン。 俺はやっとこさ覚醒してきた意識をそのままの状態に保つためんー、と唸りながらのびのび。 「It seems that you had better drink coffee, but.(コーヒーなどを飲んだほうがいいと思われますが。)」 「いや、いいよ。それに俺はどっちかっていうと緑茶のほうが好きだ。」 次はカード状をしたデバイス、クロスミラージュ。 正直言ってなんだが、のびのびして完全に目を覚めたはいいものの暇だ。 どうしてこうお偉いさん方が集まる会議ってのは長いんだろうな。まぁ、対策を練ってるんだ。長くなるのは仕方ないとはいえ……。 一度覗いてみたがどう見ても責任の押し付け合いにしか見えないのは俺だけか? ぽけーっとして窓から写る景色を眺める。ミナガルデやドンドルマとは比べ物にならないほど都会だ。もちろん科学も発展している。 昔俺達が居た世界でも魔法があったとは言われているが……。あくまで昔の話だ。でも、ロマンがあっていいじゃないか? この世界で解明されていないこと。それは開けないほうがロマンがたっぷり詰まっているものなんだと俺は勝手に解釈。解明したときの興奮も捨てがたいが。 とりあえず緑茶を一口。 そしてまたぼーっとしている俺に声をかける人が。 「ここ、いいかしら?」 「ん?ここでもよろしけりゃどーぞ。」 目の前には薄い緑色の髪を伸ばした女性だ。顔を見る限り結構若そうだ。 その女性は「では、お言葉に甘えて」と言うと俺の正面の席に座った。 …座るなり俺の顔をニコニコしながら見つめてきている。なんだか照れてしまう。目線を逸らす。 「あなたがジェイ・クロードさんね?」 「は?どうして俺のことを……。」 いきなり自分の名前を言われて平然と聞き流せるものは少ないだろう。 「私はリンディ・ハラオウンです。フェイトとなのはさんから貴方のことは聞いていますよ。」 「リンディ・ハラオウン…ハラオウン…あれ?」 ん…ハラオウンっていう苗字に聞き覚えが…。 「あ、すみませんね。フェイトの母なんですよ。」 俺は盛大に椅子から転げ落ちた。 「で…リンディさんは俺に何か?」 「特に用はないんだけど…せっかくだからお話でもしようかと。」 「よく俺の顔わかりましたね。」 「えぇ、一応六課の後見人ですからどんな人かは写真つきでなのはさんから聞かせてもらいました。」 こんなところまで行き渡ってたのか。でもまぁ、後見人なんだし信頼するべきかな。 しかしこのリンディさん。フェイトの母親なのに若く見えるのは気のせいか? 「ジェイさんは確か…モンスターハンターという職業でしたよね?」 「はい。人に害を与えるモンスターを狩る。…悪く言えばパシリですね。」 「あらあら、ずいぶんと謙虚ですのね。」 「事実ですし。」 口を手で隠しクスクスと笑うリンディさん。自然に和やかな雰囲気になってきている。 突然席を立ち、持ってきたのは二つのお茶。中には完全に溶けていない粉が浮遊している。 リンディさんはそれを一飲み。頬を赤く染めて満足そうな笑みを浮かべている。 「んっ…。」 「………。」 反射的に目を逸らす俺。その飲み方どうにかしてほしいなぁ。リンディさんは満足げに飲んでいるのだが…。 甘さが足りないと懐から取り出したのは抹茶チョコ。お茶と抹茶チョコ、交互に口にするリンディさんは子供のよう。 「…甘党ですか。」 「もちろん♪」 …ついていけない。 試しに俺もそのお茶を飲もうとしたとき、何かを聞いた、感じた。 過去にこのお茶を飲んだであろう者達の訴えが俺の頭に渦巻く。 飲んではいけない! 無茶するな! 俺の二の舞にだけはっ…!! そう聞こえなくも無い。だが差し出されたものに手をつけないのは無礼。 カップを取り口に運ぼうとする直前、視線が刺さる。そういえば空気が先ほどとは違う。 ………なんで局員達はこちらを見ているのか。それほどこのお茶には何かあるのか? 無視して一口。 「……リンディさん。」 「はい?」 「俺はこれよりとんでもないものを口にしたから平気ですが…、他の人には出さないほうがいいかと。」 「あら、どうして?」 「甘い、しつこい、まどろっこしい、カロリー、血糖値ともに高い。以上です。」 「はっきり言うわね…。」 「これでもつらいです。一瞬でも気を抜けば天に昇りそうな味だからこれ以上の犠牲者は。」 「………。」 空気が元に戻る。 俺はあらかじめ頼んでおいた普通の緑茶をすする。苦い。けど今はそれがとてつもなく美味い。 まさに「緑茶ってこんなに美味かったのか……!」と思うくらい美味い。 「相手はティガレックス…でしたっけ?」 「おや、そんなことまで知ってましたか。」 「貴方達とは因縁の対決になるんでしょうね…。」 どこか切なげな表情をするリンディさん。 「因縁の相手だろうと、なんだろうと狩るまで。それが俺たちゃモンスターハンターっす。」 「ふふ…、頼もしいのね。」 ふと後ろで自分を呼ぶ声が聞こえる。バリアジャケットに身を包んだなのは達。 もう出動の時間らしい。レイジングハート達も持って、兜も持ったし鬼神斬破刀も持った。 ジェイはリンディに一礼をして走り出した。微笑んで見送るリンディ。 その先でジェイは、突然襲い掛かった壮絶な甘味で体の力が抜け、そりゃもうド派手に転んだとか。 余談だが、この一杯でこれから始まる戦いの運命がかなり変わってしまったことを彼はまだ、知らない。 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2847.html
OK,まずはいいニュースから行こう。 その日、世界は素敵な状態だった。 ロシアでは現在の政府支持派と超国家主義者たち――スターリンを崇拝し、旧ソ連復活を目論んでいるテロリスト集団が衝突して内戦状態。 一万五〇〇〇発もの核弾頭が、危機に瀕している。 で、中東のアル・アサドとか言う権力者と手を組むつもりらしい、この超国家主義者たちは。 別にいつものことだから、大して気にしてない。 もう一つ、こっちは悪いニュースだ。 俺は明日には第二二SAS連隊に配属される予定だったんだ。 だと言うのに、列車は人身事故で止まってしまっている。 SASの選抜試験を奇跡的に抜けたのはいいが、変なコールサインをもらって挙句この様だ。 神よ、いるなら答えてください。俺、何かしました? その日、二人の若者が出会った。 「――お宅も足止め食らったクチ?」 「ああ、これから故郷の国に帰る予定だったんだが……」 「そうか……まぁ、列車が動くまでの間ゆっくりロンドンを観光してなよ。何だったら案内するよ。俺は――」 出会った二人の若者の名。 片方はジョン・"ソープ"・マクタヴィッシュ軍曹。第22SAS連隊所属の、新米SAS隊員。 「いや待ってくれ、僕は未成年――」 「固いこと言うなよ。ほら、ビールは冷えてるのばっかりが美味い訳じゃないぞ」 「一応仕事の帰りなんだけれどな……」 もう片方は、クロノ・ハラオウン執務官。時空管理局所属の、次元航行艦"アースラ"の切り札。 二人の出会いは、それだけで終わるはずだった。 思わぬ足止めを食らったおかげで、いい奴に会えた。あとは思い出の一部となって、記憶の片隅に留めておくだけ。 ――そのはず、だったのだが。 「ソープ、飛び乗れ!」 嵐の大洋、荒れる海に飲み込まれつつある貨物船の甲板上。 ――誰かいる! 脱出のヘリに飛び乗ろうとしたその時、ソープは不意に背後から人の気配を感じた。 この手の分野では傑作と名高いMP5の銃口を素早く振り回し――彼は、引き金にかけた指の動きを止めざるを得なかった。 「……クロノ!?」 「――ジョン!? なんでここに……っ」 再会。しかし、その真意を問うには、お互い残された時間があまりに少なかった。 場所は変わって、中東。 一人の兵士が、戦っていた。 理由なんて、後から考えればいい。目の前の敵を撃つ、撃つ、撃つ。ひたすらに撃つ。そうしなければ、やられてしまう。 だけども、仲間を見捨てようとは思わなかった。 例え核兵器が目の前で爆発する恐れがあったって、構うものか。一人の仲間も、見捨てない。 「ジャクソン、彼女を救助するんだ! 一分以内に連れて来い!」 「了解、援護頼む」 彼の名は、ポール・ジャクソン軍曹。海兵隊第一偵察大隊"フォース・リコン"のベテラン兵士。 だが――仲間を見捨てない、それ故、彼は地獄を見る羽目になってしまう。 彼を地獄に送り込んだのは―― 「――ザカエフ」 「え? プライス大尉、今なんて……」 「イムラン・ザカエフだ」 「一五年前だ、ジョン……いや、ソープ。僕の世界の方で、あるロストロギアがこっちの方に流出したんだ」 全ての元凶は、一五年前から始まっていた。 「リーダーは我々を売り飛ばした……文化を汚し、経済を崩壊させた。名誉も――我らの血は、祖国の土に染み込んだ。私の血も」 全ての元凶が、動く。自らの理想を実現させるため、世界を破壊する。 「アメリカとイギリスの全軍隊は即刻ロシアから立ち去るがいい。さもなくば苦しむ結果になるだろう……」 予想される損害は、アメリカ本土東海岸一帯が全滅。予想死亡者数は、四十万人を超える。 食い止めなくては。 組織の壁など、もはや関係なかった。今動かなければ、未来はお先真っ暗だ。 SAS、海兵隊、そして管理局。三つの組織の精鋭たちが、動き出す。 「ソープ、ジャクソン、クロノ、ザカエフを追え! ここは俺とギャズ、グリッグが抑える――元凶を断つんだ、これで終わりにしろ!」 世界を滅ぼすのは人間の力。 それを止めるのも、人間の力。 兵士たちは、紛れもなく"人間"だった。 「ソープ、了解」 「ジャクソン、了解だ」 「クロノ、了解した」 飛び交う銃弾、魔力弾。全ては世界の未来のため。 交わるはずのない線が交わった時、兵士たちの戦いは、もう一つの結末を迎える。 Call of Lyrical 4 戦いは、まだ始まらない――。 おまけ1 「――プライス大尉、一つ質問があります」 「僕もです、プライス大尉」 ブリーフィングが終わった直後。 指揮官のプライスが最後に何か質問はないかと皆に問うと、真っ先に手を伸ばす者がいた。ソープ、それにクロノだ。 「何だ、二人とも」 「このザカエフの息子なんですが」 ソープは配布された資料の中から今回の作戦目標、ザカエフの息子の写真を取り出す。 SASの隊員皆が興味津々とした視線を送ってくる最中で、クロノが口を開く。 「どうして戦場のど真ん中で上下ジャージなんでしょう?」 ブリーフィングルームに、ため息と罵声が響き渡った。 詳しくは「Call of Duty4」をプレイしてね! おまけ2 「ブラボー6、聞こえるか? プライス大尉、航空支援を送った。活用してくれ」 「航空支援だって? コールサインは?」 Omega11 Engage 「帰れ、お前は」 サーセン。 おまけ3 「ブラボー6、聞こえるか? さっきはすまなかった。プライス大尉、今度こそ航空支援を送った。活用してくれ」 「さっきのはイジェクト(脱出)して落ちたな、何しに来たんだか……で、今度の航空支援のコールサインは?」 Mobius1 Engage 「――ちょ、マジで?」 嘘です、たぶん。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/152.html
それは小さな思いでした。 新たに始まる私達の日々。 決めたのは、戦う事を諦めない事。 誓ったのは、昨日よりももっと強くなる事。 走り出した復讐のプログラミング。 もう、二度と大切な人を傷付けないために。 宇宙の騎士リリカルなのはBLADE…… 始まります。 ピピピピピピピッ…… 鳴り響く目覚まし時計のアラーム音。 「……ん。」 はやては時計をパシッと叩き、アラームを止めた。 明るい朝日が差し込み、今日もいつも通りの日常が始まる。 起き上がって横を見ればヴィータはすやすやと寝息をたたて眠っている。 はやてはクスッと笑いヴィータに布団をかけ直し、そのままリビングへと向かった。 「……ん……あ?」 リビングのソファで眠っていたシグナムは、キッチンから聞こえる音に目を覚ました。 「ごめんな、起こした?」 「あ……いえ。」 キッチンで朝食の準備をしていたのははやてだ。 「ちゃんとベッドで寝やなあかんよ?風邪ひいてまう」 「す、すみません……」 シグナムは自分にかけられた毛布をたたみながら謝罪する。 「シグナム、夕べもまた夜更かしさんかぁ?」 「あ……あぁ、その……少しばかり……」 シグナムの答えに「ふふっ」と笑うはやて。 間違っても闇の書を完成させる為にリンカーコアを蒐集していた等とは言えない。 「はい、ホットミルク。ザフィーラのもあるよ」 「ありがとう…ございます。」 シグナムははやてから差し出されたホットミルクを両手で受け取り、礼を言う。 「すみません、寝坊しました!」 そうこうしていると、今度はシャマルがエプロンを付けながら急いでリビングに入ってくる。 「おはよう、シャマル」 「……ああ、もう……ごめんなさい、はやてちゃん!」 シャマルはあいさつと同時に謝罪しながらキッチンに入る。もちろんはやては「ええよ」と笑う。 「おはよう……」 次にリビングに入ってくるのはシンヤだ。 「おはよう……ってなんや、シンヤも夜更かしさんか?」 「ああ……まぁね。それより、ホットミルクはあるかい?」 やはりはやてにはすぐに見破られてしまうのか。返事を返しながら着席し、ホットミルクを要求するシンヤ。 「あ……シンヤくん、その前に顔洗ってきなさい!」 それを聞いたシャマルは腰に手を当て、まるで母親のように言う。 「朝からうるさいなぁ、もう洗ったよ」 「あはは、流石シンヤやなぁ。はい、あったまるよ」 「ああ、ありがとうはやて」 シンヤの返答を聞いて笑いながらホットミルクを差し出すはやて。シンヤも「ふふ……」と笑いながら受け取る。 「(あったかい……な。)」 シンヤは手に持ったホットミルクを見つめる。そうしていると、人間だった頃の記憶が甦ってくる。 普通の家と何も変わらない朝食の風景。そこにいるのは父さん、ケンゴ兄さん、ミユキ、フォン、そして…… タカヤ兄さん。 思い出した途端に、シンヤの中から何かが込み上げてくる。自然にカップを持つ手が震えてくる。 「(タカヤ兄さん……いや、ブレードッ!)」 強くカップを握りしめ、それにより中のミルクが振動する。そして憎しみの次に込み上げる感情は、喜び。 「(ククク……ブレードは今頃……)」 考えれば考える程笑みがこぼれる。はやて達に気付かれはしないが、ちょっと危ない笑いだ。 第4話「ペガス発進!新たなる力、起動!」 それは昨日の出来事。 「ハッハハハハハ……アーハッハッハッハッ!」 笑いながらクロノから離れてゆくエビル。 しかし…… 「……ん?」 エビルの周囲から現れた、輝く鎖のような物が自分目掛けて飛んでくる。これには見覚えがある。 「人間共が使うバインドとか言う奴か……」 クロノの目の前で堂々と去ろうとしているエビル。もちろん執務官として逃がす訳にはいかない。 ましてやエビルは闇の書に関わる者。クロノとしても尚更逃がす訳にはいかない。 テッカマンとまともに戦っても勝ち目は無い。なら、バインドで何重にも拘束し、 動きを封じて転送する。今がそのチャンスかもしれない。いや、今しか無いというべきか。 詠唱を終え、『ディレイバインド』を発動するクロノ。エビルの周囲に現れた鎖はエビル目掛けて飛んでゆく。 しかし…… 「消え……ッ!?」 目の前のエビルが消えた。そして一瞬、クロノの肌を風が掠めた。 「(まさか……)」 そして背後から感じる何者かの気配。クロノは恐る恐る後ろを振り向く。 そこにいたのは、自分の首筋辺りにテックランサーを突き付けて立っているエビル。 「……ッ!?」 「お前、死にたいのか?」 「何を……!」 「せっかく見逃してやろうと思ったけど……そんなに死にたいなら望み通り殺してやるよ!」 エビルはテックランサーを振り上げる。それを見て「殺される!」と思ったクロノは反射的に目をつむる。 「(………な?)」 しかし、テックランサーが自分に突き刺さる事は無かった。 ゆっくりと見上げれば、エビルはテックランサーを振り上げたまま静止している。 「…………。」 『(くれぐれも、殺さないでね。)』 エビルの脳裏をよぎるシャマルの言葉。 こんな虫けら一人、殺そうと思えば一瞬だ。だが、それはできない。してはならない。 ブレードならまだしも、こいつはただの人間だ。 「チッ……今回だけは見逃してやるよ。」 「……な!?」 「ただし……これが最期のチャンスだ。次は無いと思え……!」 「…………!」 エビルの恐ろしい声に返す言葉を失うクロノ。さすがのクロノでも死の恐怖を感じたのは初めてだった。 「それより……ブレードを追い掛けたらどうだ?」 さっきの恐ろしい声とは打って変わり、今度は少し楽しそうに言うエビル。 「……なに!?」 「ククク……行ってやれよ?楽しい事になってるかもなぁ」 最後にそう言い、また笑いながら立ち去ってゆくエビル。 「(ククク……『俺は』殺さないさ。後は知らないけどねぇ……)」 エビルはそう思いながらまた楽しそうに歩き始めた。 「そうだ……Dボゥイ!」 クロノはエビルが見えなくなった頃にやっと正気を取り戻し、空に上がる。まずはエビルが言うようにブレードを追うのが先だ。 「……にしても、なんでこんな時に!」 こんな非常時に敵から逃げ出したブレードに対し愚痴を零しながらクロノは捜索を開始した。 ハラオウン家、クロノ自室。 現在、クロノは通信中。相手はレティ提督だ。 内容は、グレアム提督の口利きのお陰で武装局員の指揮権が借りられた、という話。 『それはそうと……』 「何ですか?レティ提督」 『Dボゥイの様子はどう?』 「……はぁ。今はアースラで眠ってますよ……」 クロノは少ししかめっ面をして答える。 『そう……昨日は散々な目にあったみたいね?』 それを見たレティはクスクスと笑いながら言う。まぁ昨日といっても正確には今日だが。 「はぁ、もう……死ぬかと思いましたよ……まったく。」 『フフ……まぁ助かって良かったじゃない』 「……それはそうですけど……」 言いながらかなり不機嫌そうな表情をするクロノ。 ここで再び回想シーンだ。 「……Dボゥイ!!」 クロノはブレードの捜索を開始してすぐにブレードを発見、地面に佇むDボゥイに呼び掛ける。 「聞こえないのか、Dボゥイ!」 今度はさらに接近して呼ぶ。それに気付いたブレードはゆっくりとクロノへと目線を向ける。 この時、ブレードの瞳の色が赤くなっていることにクロノは気付かなかった。 「一体どういうことなんだDボゥイ!理由の無い敵前逃亡なんて……ッ!?」 言いながら歩み寄るクロノの動きが止まった。ブレードはクロノの目の前で肩から二本のテックランサーを出し、連結したのだ。 「D……ボゥイ?」 「うおおおおおおッ!」 テックランサーを振り回し、クロノに襲い掛かろうと走ってくるブレード。 クロノは咄嗟に空に飛び上がり回避する。 「何をするんだDボゥイ!」 「うおお!おおおおお!」 言葉は通じず、さらにクロノに追撃しようとするブレード。もちろんクロノは全力全開で逃げる。 「くそッ……本当にデンジャラスボゥイだな、キミは!」 クロノはしばらく逃げ続け、いよいよもってキレかけていた。逃げながらブレイズキャノンの発射準備に入り…… 「クソ……なんでこんなこと……」 クロノの中で何かが弾けた。意識を集中させるクロノ。 そして一気に急降下……いや、落下する。ブレードもそれを追うためすぐに急降下。 「うおおおおおおッ!!」 ブレードは叫びながらクロノの顔面を狙ってテックランサーを振るう。しかしクロノはそれを顎を上げて紙一重で回避。そして…… 「何なんだアンタはァーーーーーーーーーッ!!」 『ブレイズキャノン』 急降下してきたブレードの腹にS2Uを突き付け、零距離でブレイズキャノンを発射。 お互いに落下する。 「……やったか?」 ダメージは与えられないまでも衝撃は伝わったはずだ。そう思いブレードを見る。 しかし、やはりブレードは無傷。普通に立っている。クロノは「ダメか」と思った。しかし…… 「うおおおおおおッ!」 「何!?」 次の瞬間、ブレードはまた両手で頭を抱えて苦しみ出したのだ。 本当に苦しそうにもがき苦しみ、そして最後はその場に倒れた。 「Dボゥイ?」 「…………。」 返事は無い。ブレードは死んだように動かない。 やがてブレードの体は緑の光に包まれ、人間の姿に戻った。 その時、近くに割れた緑のクリスタルが落ちていたという……。 『……で、拘束されてアースラに転送されたわけね』 「はい。まったく、Dボゥイの奴一体何考えてんだか……」 話をまとめるレティ。クロノは大きな溜め息をつきながら答えた。 「お、クロノ君。どう?そっちは」 部屋から出てきたクロノに、リビングで冷蔵庫を漁っていたエイミィが話し掛ける。 「武装局員の中隊を借りられたよ。そっちは?」 「よく無いね~。夕べもまたやられてる」 エイミィは昨晩の被害について説明する。昨日は魔導師が十数人、リンカーコアを持つ野性生物が5匹。 いずれもリンカーコアを奪われており、野性生物の内一匹はエビルが倒した龍だ。 「そういえば、Dボゥイ……目が覚めたらしいよ」 「そうか……。」 エイミィはリモコンのボタンを押し、さっきまで空中に表示していた闇の書の画像を別の画像に切り替えた。 「……これは?」 表示されているのは緑のクリスタル。だが、割れてしまっている。 「うん、Dボゥイが変身……テックセットだっけ?に使うクリスタル。」 「……でも、割れてるぞ?」 「うん……これが割れちゃったらもう……テックセット、できないらしいよ……」 「……そんな!」 クロノは耳を疑った。いきなり逃げ出して、いきなり襲い掛かって、いきなりテックセット不能なんて……訳がわからなさすぎる。 「……とりあえず今、艦長が事情を聞いてるらしいよ」 「…………。」 アースラ、面会室。 ガチャリとドアノブを回す音が聞こえ、リンディが入ってくる。 「Dボゥイ……。」 「…………。」 Dボゥイは何も言えない。 「理由の無い敵前逃亡……それにクロノ執務官に襲い掛かった理由、聞かせて貰えるかしら?」 「…………。」 数時間後。 「あ、メール……」 携帯の着信に気付いたなのは。 相手はクロノだ。どうやらレイジングハートとバルディッシュは来週には修理が終わるらしい。 それともう一つ、フェイトに「寄り道は自由だが夕食の時間には戻ってくるように」と伝えて欲しいとの事。 なのははレイジングハートの復活を心待ちにしながら、フェイトやアリサ達と思い思いの時を過ごす 同刻、八神家。 「カートリッジか?」 シャマルがカートリッジに魔力を込めていると、目の前で壁にもたれているシンヤが話し掛けてくる。 「うん、昼間のうちに造り置きしておかなきゃ」 シャマルが答える。 「大変だね。一人で任されっぱなしで」 「ううん、バックアップが私の役割だからね。これくらい平気よ」 カートリッジを眺めながら笑顔で言うシャマル。 「そうか。ま、俺には造れ無いしね」 「それに、お前にカートリッジは必要無いからな」 今度は外出準備中のシグナムが上着を着ながら言う。 確かにテッカマンには魔力もカートリッジも全く関係無い。 「まあね。シグナムはこれからはやてのお迎えかい?」 「ああ。お前も来るか?」 「遠慮しとくよ。俺が行く意味が無いからね。」 シンヤはシグナムの誘いを断る。 別段はやてを嫌いな訳でも無いが、ただ迎えに行くだけならわざわざ自分が行く必要も無い。 シグナムは「そうか。」と言い、そのまま部屋を出た。 一方、再びアースラ。 「Dボゥイ……そろそろ答えてくれないかしら?悪いようにはしないから……」 「…………。」 ずっとだんまりを決め込むDボゥイにリンディは半ば諦めかけていた。その時…… 「俺は……」 「……?何、Dボゥイ?」 「俺が、人の心を保っていられるのは、テックセットしてから30分が限界だ。」 「……え?」 予想外の展開にキョトンとした顔をするリンディ。 「テックセットしてから30分が経過すれば、俺の心はラダムに支配され、身も心もあの化け物になってしまう。」 「そんな……!?」 リンディはあまりにショッキングな事実に口を塞ぐ。 「だから……30分が経過して、できるだけクロノから離れようとしたのね……?」 「…………。」 「でも……それならどうして貴方はまた人間に戻れたの?」 ここで疑問に思った事を質問してみるリンディ。 「恐らく、暴走する直前にエビルのPSYボルテッカを受けて体力を消耗していたからだろう」 「…………。」 今度はDボゥイの説明に言葉を無くすリンディ。 「いいえ……きっと違うわ。」 「何?」 「貴方がまた人に戻れたのはきっと、貴方が人でありたいと願ったからよ」 リンディの言葉に驚くDボゥイ。まさかこんな風に言われるとは思っていなかった。 「貴方は化け物なんかじゃないわ。だって、ちゃんとこうして戻って来れたじゃない」 「……だとしても、変身できなくなった俺にはもう生きる意味なんて無い」 「……そんなこと言っちゃダメよ。生きてる事に意味があるんだから……」 突然ネガティブな話をしだしたDボゥイ。リンディは戒めるように説得を試みる。 「……仮に変身できたとしても……もう戦いたく無い。」 「……どうして?」 「こんないつ化け物になるか解らない奴がいても迷惑なだけだろ……」 「…………。」 Dボゥイの話を聞きながら黙って深く息を吸い込むリンディ。 「それに、俺はもう誰も傷付けたく無い。これ以上戦ってまた皆を……」 「い い 加 減 に な さ い ッ ! !」 「……!?」 リンディは大きな声でDボゥイを制した。それこそ他の部屋にまで聞こえるくらいの、特大の声で。 「さっきから聞いてれば化け物だとか傷付けるとかって……あなたは誰も傷付けたりしてないじゃない!」 「傷付けてからじゃ遅いんだよ!俺みたいな化け物、いつ仲間を襲うかわからない!」 「いいえ、貴方は人間よ!化け物なんかじゃ無いわ!」 「……何と言おうが、俺にはもう変身能力は無い!もう戦え無いんだよ!」 「…………!!」 しばし流れる沈黙。リンディも黙ってしまう。いや、何か考えがあるのだろうか? 「……わかりました。」 「…………。」 だが今度はやけにあっさりと引き下がる。そのままリンディは席を立ち、面会室を後にした。 本局、メンテナンスルーム。 ピピピピピピピピッ バルディッシュとレイジングハートの改修作業を進めていたマリーの元に通信が入る。 「誰だろ……?」 言いながらボタンを押し、相手をモニターに映す。 『久しぶりね、マリー』 「あ……お久しぶりです、リンディ提督!どうしたんですか?」 相手はアースラ艦長リンディ・ハラオウン。 『それが……ちょっと急ぎの用なのよ』 「はぁ……。」 『とりあえず、今から送るデータを見て頂戴。』 「あ、はい。」 マリーは受信したデータを見る為にボタンを押す。 同時にモニターに割れた緑のクリスタルと、そのデータが表示される。 「これは……テッククリスタル?……ですか?」 表示されている名前を読み上げるマリー。 『ええ、その割れたクリスタルを元通りに直して欲しいの。できれば一週間以内で』 「ええ!?む、無茶ですよ……こんな複雑なデータ……ロストロギア級じゃないですか!!」 モニターに表示されているだけでもテッククリスタルのデータは膨大な量となっており、それでもまだ未知の部分が多いという。 『そこをなんとかお願い!今必要なのよ、コレ……』 「う~ん……」 う~んと唸り、しばらく考えるマリー。 「……わかりました。完全に元通りになる保証はありませんけど……」 『ありがとう、感謝するわ!』 数分後、マリーの元にテッククリスタルが転送される。 「さてと……どうしようか……」 割れたクリスタルを眺めるマリー。 「そうだ……アレなら……」 何かを思い出したマリーは、ぽつりと呟いた。 その日の晩、ハラオウン家。 「……Dボゥイ、入るよ?」 言いながらDボゥイの部屋に入り、パチッと電気をつけるフェイト。 「ねぇ、Dボゥイ……」 「……何だ。」 ふて腐れたようにベッドに寝転がったまま素っ気ない返事を返す。 「その……変身、できなくなったんだって……?」 「ああ、その通りだ。戦え無い俺に生きる意味なんて無い」 気まずそうに話を持ち掛けるフェイトに、Dボゥイは冷たい口調で返す。 「前にDボゥイ……ラダムを倒すのは使命だって言ってたよね……?」 「…………。」 「その……ラダムって何なのかイマイチよくわかんないけど、Dボゥイの気持ち……わかるよ」 「……お前に何がわかる?」 Dボゥイはフェイトの顔を見ず、窓を向いたまま答える。 「使命……目的の為に、強い意思で自分を固めちゃうと、周りの言葉が入らなくなるから……」 「…………。」 「そうなっちゃうと、使命を果たすまでは一歩も後に引けなくなる……。」 Dボゥイは黙ってフェイトの話を聞く。 「……それが間違ってるかもって思っても……疑っても……」 「…………。」 「だけど、絶対間違って無いって信じてた時は……信じようとしてた時は……誰の言葉も入ってこなかった。私がそうだったからね」 「お前……」 ここで始めて振り向き、フェイトと顔を合わせたDボゥイ。 それはかつてのフェイト自身の話。フェイトは母親であるプレシア・テスタロッサの命令に従い、その使命の為になのは達と戦い続けた。 「だからこそ、その使命が果たせ無くなったら……拠り所を無くしちゃったら……どうしていいのかわかんなくなっちゃう……」 フェイトはかつて母親の為に戦い続けたにも関わらず、その母親に見捨てられ、自分を見失いかけた。 当時のフェイトは、使命を見失った今のDボゥイと似ていると、そう言いたいのだ。 「Dボゥイのとはちょっと違うかもしれないけど……強い心で、想いを貫けば……」 「ミユキ……」 「……え?」 Dボゥイがぽつりと呟いた言葉に「え?」という顔をするフェイト。 「……いや、何でもない。」 「………。」 「……少し、フェイトの姿が死んだ俺の妹の姿と被ったんだ。」 妹?そんな話初耳だ。気になったフェイトはそれについて言及することにした。 「Dボゥイ……妹いたの?」 「ああ……元の世界でな……」 それからフェイトはしばらくDボゥイの妹……ミユキについての話を聞いていた。 自分と年が近い事や、優しい性格だった事など、色々だ……。 「Dボゥイの様子はどうだった?」 「うん……まだしばらくは落ち込んだままかな……」 リビングに戻って、クロノに報告するフェイト。 妹の話など、今まで言わなかったような話をしてくれるあたり、少しずつだが心を開いてくれている。そう考えると、やはり嬉しかった。 「……あれ?」 だが、フェイトはそこで一つの矛盾に気付いた。 「Dボゥイ……記憶、戻ったのかな……?」 妹の話をするという事は記憶が残っているということになる。 つまり、Dボゥイは少しずつだが記憶を取り戻しつつあるのか…… もしくは、「最初から記憶を失ってなどいない」のか…… 一週間後。 この一週間、海鳴市に住む者は皆、思い思いの時を過ごした。 なのはは毎日魔法のリハビリに勤しみ、本局でもバルディッシュとレイジングハートの改修が進む。 そしてその間にもシンヤを含めたヴォルケンリッターはリンカーコアの蒐集を続ける。 一方、Dボゥイはやり切れない思いで葛藤を続けていた。 ラダムは憎い。だがまたいつ仲間を襲うか解らない為、戦うのが怖い。さらにテックセットも不能ときた…… 「ありがとうございましたー!」 本局の医務室からなのはが出てくる。すると、「なのは!」と呼びながらユーノ、アルフ、フェイトが駆け寄ってくる。 「検査結果、どうだった?」 「無事、完治!」 アルフの質問に笑顔で答えるなのは。魔力は完全に回復したらしい。それを聞いてフェイト達も笑顔になる。 「こっちも、完治だって!」 フェイトとユーノの手に輝くのは、赤い宝石と黄色い宝石。レイジングハートとバルディッシュだ。 「そう、よかったぁ!じゃあ戻ったら、レイジングハートとバルディッシュの説明しなきゃね」 二機のデバイスとなのはが完治したとの報を受けたエイミィは通信相手に喜ぶ。 「それから……Dボゥイにはこっちも説明しなきゃね……」 隣のモニターを見るエイミィ。そこに映し出されていたのは青い巨大なロボット。この世界的には傀儡兵というべきか。 「ふふ……Dボゥイ、驚くだろうな……ってコレ!?」 突如、警報が鳴り響く。モニターにはアラートの文字。要するに緊急事態だ。 「……管理局か。」 「でも、チャラいよこいつら?」 ザフィーラとヴィータ、それとエビルが大勢の武装局員に囲まれていた。 「ふん……こんな奴ら相手にしたってつまらないよ」 だがエビルは余裕な態度だ。ブレードがいない今、この世界にエビルを楽しませる相手はいないのか…… しかし、次の瞬間周囲の局員は一斉に撤退し…… 「上だ!」 「スティンガーブレイド、エクスキューションシフト!!」 ザフィーラの声に上を向けば、そこにいるのは青く輝く大量の剣を従えたクロノ。 次の瞬間大量の剣は三人に向けて降り注ぎ、爆発。 眩しい光と爆煙が立ち込める。 「少しは、通ったか……!?」 はぁはぁと息切れしながら言うクロノ。しかし、ザフィーラの腕に何本かの剣が刺さっただけで、 特に大きなダメージを与えた様子は無い。しかもその剣もすぐに抜かれてしまう。 一方、アースラ。 「クロノ君、今助っ人を二人転送したから!」 『……なのは、フェイト!?』 エイミィの言葉に下を振り向くクロノ。そこにいるのはなのはとフェイト。もう完治したのかと驚くクロノ。 そして二人は新たなデバイスの名を叫ぶ。 『レイジングハート・エクセリオン!!』 『バルディッシュ・アサルト!!』 二人の体はピンクと黄色の光に包まれ、バリアジャケットの装着が完了。 二人は新しくなったデバイスを構えた。 「どうDボゥイ?あの子達の新しい力。」 「……俺には、関係無い。」 モニター越しに二人を見ていたDボゥイに話し掛けるリンディ。 「やっぱり……戦うのが怖いの?」 「ああ、その通りさ。第一今の俺は変身できない。行っても足手まといになるだけ……」 「そうでも無いっスよー!」 リンディに答えるDボゥイの言葉を遮り、大声で言うエイミィ。 「何だと?」 「Dボゥイはテックセットできるよ!」 「馬鹿な……クリスタルが無いのにどうやって?」 その質問に対し、「ふふん」と笑いながら目の前のパネルをカタカタと叩くエイミィ。 そして表示された画像。それは格納庫らしき場所に保管されている青いロボット。 「これは……!?」 「よくぞ聞いてくれましたぁ!機動兵ペガス、Dボゥイのテックセットを可能にするサポートロボだよ!」 エイミィの言葉に驚いて言葉も無いDボゥイ。 「これ元は作業用のロボットなんだけど、一週間でここまで改修するのは大変だったのよ?」 リンディが「ふふふ」と笑いながら言う。 「だが、テックセットができたとしても……もう俺は戦いたくない!」 モニターを見れば、なのは達は相手の守護騎士と何か喋っている。エビルは腕を組んで黙っているようだが…… 「もう嫌なんだ……俺が弱いせいで……俺の力が足りないせいで、これ以上誰かが傷付いていくのは……!」 「Dボゥイ……」 「大丈夫よ、Dボゥイ。」 リンディが優しい口調で言う。 「貴方は強いわ。だって、強い心を持っているもの」 「……提督。」 俯いていたDボゥイはゆっくりと顔を上げる。 「そうだよ!今までだって、ちゃんと戦ってきたじゃない!」 「……エイミィ。」 今度はエイミィだ。 「そりゃあ、人間は誰だって一度くらい失敗するわ。でも、それで諦めちゃダメよ!」 「だが……俺は……」 「いい?貴方は化け物なんかじゃないわ。れっきとした人間よ!」 「……俺は……。」 確かに今自分が行かねば、なのは達がヴォルケンリッターを倒せたとしてもエビルにまで勝てる保証は無い。 「それに、もしまた暴走しても私達が絶対元に戻すから!」 エイミィが自信に満ちた表情で言う。何故か信じてみたくなるような、そんな笑顔だ。 エイミィとリンディの激励に心を揺さぶられつつあるDボゥイは、俯きながらぎゅっと拳をにぎりしめる。 『強い心で、想いを貫く。』 さらに、あの日のフェイトの言葉がDボゥイの脳裏をよぎる。 もうDボゥイの答えは決まっていた。 いや……最初から決まっていたはずだ。家族や友人がラダムのテックシステムに取り込まれたあの時から。 さっきまでのDボゥイはただ、その決意から逃げていただけ。 そして…… 「俺は……俺はッ……!!」 次の瞬間、Dボゥイは転送ポートを目指して一気に走り出していた。それを見たリンディとエイミィはニコッと笑いアイコンタクト。 「お待たせしました!機動兵ペガス……発進ッ!!」 パネルのボタンを押すエイミィ。それと同時にDボゥイはアースラから姿を消した。 「話し合いをしようってのに武器を持ってやってくる馬鹿がいるか、バァ~カ!」 「いきなり襲ってきた人がそれを言う!?」 上空からグラーフアイゼンを突き付けるヴィータに、なのはが反論する。 「この感覚は……まさか……!」 しかし二人のやり取りを無視して割り込むエビル。 「あ?どうしたんだよシンヤ?」 「まさか……ブレードか?」 エビルの態度がいつもと違う事に気付いたザフィーラとヴィータ。 「いや……まさか……ブレードはもう……!」 小さな声でブツブツと驚きの声をあげるエビル。ブレードはもはや完全にラダムと化したはずだ。 まさかまたここに現れるなんてことは有り得ないはずだ。 しかし、エビルの予感は的中することとなる。 近くに現れた魔法陣から現れたのは見覚えのある男……。 「Dボゥイ!?」 「Dボゥイさん!」 「あいつ……ブレードの野郎か!」 フェイト、なのは、ヴィータもそれぞれに驚く。もちろんフェイトとなのはは嬉しそうな表情で。 「ク……ククク……兄さぁん、流石だよ兄さぁん!!ラダムの支配を脱したんだね!?」 そしてエビルは両手を広げて笑い出す。 「Dボゥイ、もう大丈夫なの……!?」 「ああ、俺はもう迷わない! ……エビル!俺は貴様らテッカマンを一人残らず滅ぼすまで戦い続ける!」 フェイトに返事を返しながらエビルを指差すDボゥイ。エビルも実に楽しそうだ。 「フン、いつラダムに支配されるか解らない兄さんにそれができるかな?」 「黙れエビル!俺は確かに人間では無いかも知れない……!」 その言葉になのはとフェイトは顔をしかめる。 「……だが、貴様らの様に人の心まで捨てはしない!俺は……俺はァッ……!!!」 次の瞬間、少し離れた空中に魔法陣が現れ、中から青いロボットが飛んでくる。 「テッカマンブレードだッ!ペガァスッ!!」 言うと同時に一気に飛び上がり、大きな声で青いロボットの名を呼ぶDボゥイ。 ロボットの名は『ペガス』。 ペガスの背中が開き、中に人一人が入れるスペースが現れる。 『マッテイマシタ。騎士ブレード』 「行くぞ、ペガスッ!!」 『ラーサッ!!』 そしてDボゥイがペガスの内部に入り、再び閉じる。次の瞬間にはペガスの頭部が変型。 そして中から現れたのは紛れも無い『テッカマンブレード』だった。 「また変身できたんだね!」 「クリスタル……直ったんだ!」 なのはとフェイトも嬉しそうな、ヒーローを見るような目でブレードを見る。 ブレードはすぐにペガスの背中に飛び乗り、連結したテックランサーを振り回しながら回転させ、構える。 そして…… 「テッカマンブレェーーードッッ!!!」 テックランサーを構え、大きな声でその名を名乗った。 戻る 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3442.html
「ど、どうなっ、てんだよ、コレ……」 かつては”破壊する突撃者”の二つ名が元、戦闘機人”ナンバーズ”の中でも最強の突破力を誇っていた、赤毛の少女 ノーヴェですら今は、その眼前に広がる光景に言葉を失い、まるで凍て付いたかの様に立ち尽くすばかりだった。 その黄金色の瞳を大きく見開いて彼女が見詰める前で今、街の......いやクラナガン、強いてはミッドチルダ全体にと って経済的シンボルとなっていた、ミッド貿易センター第三ビルの玄関前広場と表通りは今、文字通り阿鼻叫喚の地獄絵 図と化していたからだ。 それは十数分前の事...... 新暦82年5月11日の午後23時30分を約15秒は過ぎた頃 魔導師部隊からの連絡を受け、待機していた108部隊ならびに本部警備課の陸士全員が、第三ビルの玄関前で一斉に 態勢へと入り、そうして犯人逮捕の瞬間を今か今かと待っていた時である。 皆が見上げる中、地上40階建てはあるビル屋上から突如、まるで黒い翼を持つ死神の如く黒服の紳士が、着込んだ外 套を大きく翻しながら飛び降りたかと思うと、猛スピードで見る間に地上へと落下する。 だが見上げていた陸士や捜査官達が、その後に来る犯人の末路を見まいと眼を背けた瞬間である。 落ちてきた黒服の紳士は、空中で身体を捻る様にして姿勢を整えるや、冷たく硬いコンクリートの路面に叩き付けられ る事無く鮮やかに着地する。 その際に巻き起こった風圧で、犯人の近くに居た者達が一瞬、身体が浮かんだかの様な錯覚を起こし踏鞴を踏んだ。 いったい何が起こったのか、すぐには理解できぬまま皆が顔を上げた時、そこには着地の際に出来たクレーターの様な 浅い窪みの中に立ち、服に付いた埃を軽く払いながら辺りを見回す紳士の姿があった。 相手の姿を見るや陸士達は、すぐさま持っていた銃器やデバイスを構え、相手との距離を取りながら涼しい顔で立つ紳 士を包囲する。 が悪夢が訪れたのは、その直後だった。 *リリカルxクロス~N2R捜査ファイル 【 A Study In Terror ・・・第五章”殺戮のオデッセイ” 】 一人ひとりが強力な武器を手にし、そして男女を問わず皆が闘う為の厳しい訓練を潜り抜けた、地上本の精鋭達が大凡 でも100名、いやそれ以上の数かもしれない。 そんな彼らが周りを取り囲む中、表通りをガードする班のリーダーが投降を呼びかけた時だった。 ほんの数歩......前に向かって紳士が歩み出したかと思うと、そこから凄まじい跳躍で包囲する陸士達の上を軽やかに 飛び越えた。 そのまま相手の背後へと着地するや紳士は、振返り様にステッキから仕込みの両刃を素早く抜き放ち、それを唖然とす るリーダーに向かって大上段から一気に振り下ろす。 その間たった数秒...... 何か柔らかく水っぽい物が、堅いコンクリートの上に零れ落ちるビチャビチャ!っという音に周囲の者が気付き、皆が 一斉に音の聞こえた方へと目を向けた。 そこには悲鳴すら上げる間も無く路面いっぱいに自分の血と臓物をブチ撒けた上、その身体を真っ二つに両断されたリ ーダーの骸が無残に転がっていた。 ピクピクと痙攣しながら、生々しい切断面を晒す死体を前に紳士は、右手に握りしめた両刃を大きく振るい、刃に着い た血脂を払うと鮮やかな手つきで剣を鞘へと素早く収める。 そして女性陸士達の上げた絶叫を切欠に、惨劇の幕が上がった。 周囲の警備課陸士たちの持つ自動拳銃やサブマシンガンが一斉に火を吹くも、黒服の紳士はビクともせず魔導師達が放 つ魔力弾すら造作も無く避けて行く。 更には警棒を手に向かってくる大男の陸士達を素手で次々と倒しながら紳士は、優雅さすら漂う足取りで広場を突き進 んで行く。 そのまま広場の駐輪スペースへと来るや彼は、そこに停められていた大型バイクを片手で軽々と持ち上げ、それをハン マーの様に振り廻しながら、周囲に居た相手を片っ端から薙ぎ払う。 屈強な精鋭たちが次々と、まるで木の葉の如く宙を舞っていく。 そんな中、遅れて駆け付けた13分署の魔導師たち数名が、相手に目掛け杖型デバイスから放った魔力弾が、今まさに 自分達の上に振り下ろされんとするバイクに命中し、たちまち真っ赤な炎を上げて大破する。 だがそれでも”黒衣の怪物”の蛮行は止まず、手に持っていた凶器が破壊されたと見るや、重量200kgはあろうか という大型バイクを、まるで紙屑でも捨てるかの様に放り投げた。 そしてまたも驚異的な跳躍で魔導師達の上を飛び越え、その背後へと降り立つや素早く引き抜いた両刃で、相手5人の 首を殆ど一振りで瞬時に撥ね飛ばす。 次々と路面に転がる魔導師達の首の無い骸。その内の一体が握っていたデバイスが暴発し、流れ弾となった魔力弾が広 場に停められていたパトカーを直撃し、轟音とともに真っ赤な火柱が立ち上る。 その直後、大破したパトカーからバンパー部分を引き千切るや、それを武器に黒服の紳士は逃げ惑う陸士達や、デバイ スを構え束になって突っ込んで来る魔導師達を、情け容赦なく薙ぎ倒して行く。 「なんで、なんで……」 無数の銃声が轟き、数え切れぬほどの魔力弾がオレンジの輝きを放ちながら、まるで花火の様に宙を飛び交う。 そんな中で黒服の紳士は右手に持つ車のバンパーを豪快に振り廻し、その度に屈強な地上本部の精鋭たちが絶叫ととも に男女を問わず吹っ飛ばされて宙を舞う。 「なんで、そんな……」 そして今、その混沌とした悪夢の様な状況を前に、瞬きすら出来ぬままノーヴェは......かつては”突撃者”の二つ名 を欲しいままにしてきた少女は、その身体の奥底から湧き上がる死の恐怖に震え慄いていた。 「なんで、そんな簡単に……」 彼女の顔からは徐々に血の気が失せて行き、紫色になった小さな唇をワナワナと震わせ、込み上げる嘔吐感に思わず口 元を押さえる。 それでも倒れまいと、必死になって身体を起こそうとするノーヴェだったが、ガクガクと震えだした為か両脚に力が入 らず遂には、その場にガックリと膝を落とした。 「……簡単に人を、殺せるんだよ」 あれは、あの”怪物”はいったい何なのだ? 何故あの男は、あんな容赦なく人を殺せるのだ? デバイスはおろか魔法すら使わず、かといってIS等と云った質量兵器を駆使する訳でもない。 原始的な武器と素手のみで軽く100人は越える数の相手を容易く翻弄し、その命を何の躊躇も無く奪って行く。 まるで呼吸をするかの如く...... それが当たり前の事であるかの様に...... そんな容赦の無い光景を前にノーヴェは、その場に跪く様な姿勢のまま怯え切った眼で、恐るべき暴威を振う怪物に向 かって狂った様に叫び続けるばかりだった。 「なんでだよ!!なんでそんな事が出来るんだよ!!!」 **************************************** 黒衣の怪物が繰り広げる蛮行を前にし、生まれて初めて抱いた”恐怖”の感情にノーヴェが、悲鳴にも似た叫びを上げ ていたのと同じ頃...... 「頼むトマス、そっちで援護してくれ!」 「え、援護しろ、って……一体お前、何するつもりだ!?」 未だ戦場の如き騒乱の止まぬ表通りの外れでは、そこに停められた第108部隊の装甲車が一台 その運転席では車両部隊の制服を着た陸士ケンプが、なかなか始動しないエンジンの起動セルと格闘しながら、もう一 人の陸士トマスに向かって怒鳴り声を上げた。 「だから昇降口んとこの機関銃で、あのバケモンを足止めするんだ!」 「あ、足止めって、さっき見たろ!?機関銃ぐらいじゃ奴は……」 「違う!アイツの足元狙って撃ち捲るんだ!!そうすりゃ、奴だって身動きは出来ない」 銃声やデバイスの射撃音に混じり、数え切れぬ程の悲鳴や断末魔の叫びが聞こえる中、空しく響くセルモーターの音と 融通の利かない相棒の態度にケンプは苛立ちを募らせて行く。 そうして彼が何度目かに起動セルのキーを捻った時、まるで獣が唸るような音を立てて遂にエンジンが始動する。 「よし!よしよしよしよし!良いぞ良いぞ良いぞ。後はコイツで、あのバケモンを踏み潰してやる!」 ようやく動き始めたエンジンの音に狂喜しながら彼は、すぐさま震える手でギアをローに叩き込み、アクセルを目一杯 に踏み込んで装甲車を急発進させる。 まるで岩を思わせる程に頑丈な八つの車輪から、地響きの如き轟音を響かせながら二人を乗せた装甲車が見る間に速度 を上げて行く中、昇降口から半身を乗り出していたトマスが口元のマイクに向かって叫び声を上げた。 「居たぞ!こっから二時の方角だ!!」 彼の叫び声を聞くや運転席の狭い窓からケンプが、その前方へと視線を向けると第三ビルの玄関前広場から、右手に持 つ車のバンパーで周囲を走り回る陸士達を蹴散らしながら、黒服の紳士が表通りへと出る姿が見えた。 「よし撃て!足元狙って撃て!!」 ヘッドフォンから響く彼の怒鳴り声を聞くやトマスは、すぐさま昇降口に取り付けられた大型の7.62mm機関銃の 照準を、標的の足元に合わせる 緊張で汗ばんだ手を震わせながら彼は、その指でトリガーを一気に引き絞る。 闇を引き裂くが如く銃口が火を吹き、銃弾の雨が紳士の足元で弾けて火花を散らした。 そして装甲車は逃げ惑う陸士達を掻き分ける様にしながら、未だ暴れ続ける”黒衣の怪物”を目掛け、猛スピードで突 っ込んでいく。 だが...... それでも黒服の紳士は怯む事は無く、左足を前に踏み出しながら右手に持つバンパーを大きく振り被る様にして構える と、それを自身に向かって突進する”鋼鉄の猛牛”が如き装甲車に目掛けて投げ放った。 放たれたバンパーは槍の如く風を切り、そのまま装甲車の運転席へと命中する。 それは装甲板と分厚い防弾ガラスを突き破り、悲鳴すら上げる間もなくケンプの頭を粉々に砕くと、派手にブチ撒けら れた鮮血と脳漿が運転席を真っ赤に染めた。 コントロールを失った装甲車は、たちまち横転するや辺りに部品や鉄片を撒き散らして道路の上を派手に転がる。 それを眺める紳士の前で既にスクラップ同然となった装甲車は、逃げ遅れた陸士を何名か巻き込み、その勢いのまま路 上に停車していたパトカー数台を押し潰すや轟音と共に大爆発を起こす。 深夜の空を赤く染める様にして、高く立ち上る火柱を背に黒服の紳士は惨劇の場を悠然と後にする。 が、その時である。 「 そこで止まりなさいっ!!! 」 彼の背後から響く力強い少女の声。 その場に立ち止まり、ゆっくりと振返りながら紳士が目線の向けるや、その先に見えたのは、鍛え抜かれ程良く引き締 まった肢体を、ピッタリとしたバリアジャケットに包んだ少女が一人...... その可憐な容姿とは不釣り合いな程に、武骨な印象を受ける頑丈なリボルバーナックルを左腕に装着し、輝く様なグリ ーンの瞳から強い眼光を放つ様に、外套の裾を夜風に揺らして立つ殺戮者の姿を真っ直ぐに見据えていた。 **************************************** 「私に何か御用ですかな?お嬢さん……」 良く通る深みを帯びた声で黒服の紳士は、彼を睨む少女に向かって口を開いた。 物静かで落ち着いた口調で喋りつつも、その眼差しは剃刀の様に鋭く狂気を孕んですらいる様にも見える。 相手を見下ろす様にして立つ彼の姿を前にすれば、気弱な者ならば失神しかねない程の威圧感を伴っていた。 「貴方を、第一級殺人罪で逮捕します。今すぐ武器を捨てなさい!」 そんな恐るべき相手を前にしても少女は決して引く事無く、道路の向こうに立つ”怪物”に向け、怒気を孕んだ声で投 降を促した。 「もし”断る”と申し上げたら、如何なさいますか?」 だが彼女の言葉を耳にして尚も黒服の紳士は態度を崩すことは無く、それどころか逆に薄ら笑いを浮かべながら、挑発 とも受け取れる言葉で質問を返す。 「その時は、成すべき事を……」 紳士からの返事を聞くや少女は、その言葉に一段と力を込めて喋りながら、わざとゆっくりとした動作で身構える。 少し腰を落としながら左足を後ろへと引き、そして拳を固く握りしめたままリボルバーナックルを装着した左腕を、後 ろに大きく振り被った。 「……果たすまで!」 シューティングアーツ 近代ベルカ式魔法に基づいた格闘術の構え 一部の隙も無く、全身から燃え上がる様な闘志を放ち、自身が討ち倒すべき”怪物”を見据える少女。 そんな彼女の姿を前に黒服の紳士は、声を立てる事無く一言『美しい。何と見事な』と呟くや、左に持つ長い仕込み杖 の、そのドラゴンの頭を象ったグリップへと手を掛けた。 「では此方としても、是非お受けせねば……」 鋼が擦れ合う音が不気味に響く中、仕込みの鞘から鋭く長い両刃が引き抜かれる。 その研ぎ澄まされた刃が、暗闇の中で妖しく輝いた。 「……なりませんな」 ほんの数秒間 そう実際は数秒のこと。だが対峙する双方にとっては、何時間にも感じられた。 惨劇を生き残った陸士や魔導師達と、遅れて駆け付けた約20名の特機隊が魔導師達、各々が銃器やデバイスを構えな がら息を飲んで見守る中、最初に動いたのは...... 《Master 来ます!》 「トライシールド!!」 デバイスからの警告に少女が叫び声で応えるや、近代ベルカの魔法陣が瞬時に展開。 黒い外套を翼の様に翻しながら紳士が素早い跳躍により彼女の背後へと降り立ち、その頭上を目掛けて振り下ろした刃 を殆ど紙一重で食い止める。 「やるな、お嬢さん……」 右掌で展開した紫に輝く魔法陣を盾に、凄まじい怪力で振り下ろされた両刃を、見事にガッシリと受け止めた少女に向 かって黒服の紳士が不敵に笑い掛ける。 だが彼女は返事をする代わり『破っ!!』という気合と共に、受け止めた両刃もろとも相手を一気に弾き飛ばす。 後方へと飛ばされた紳士は、その大柄な身体を空中で一回転させるや、そのまま路上へと鮮やかに降り立った。 「ならば、これは如何かな?」 そう言い放つや黒服の紳士は、強烈な踏込みで路面を抉るや、相手との間合いを瞬時に詰める。 常人離れした怪力とスピードで、少女に向かって怒涛の如く叩きつけられる両刃の斬撃。 「ディフェンサー!!」 《All right!》 彼の190cmは有る長身から猛然と振り下ろされる、冷酷な刃を全て防御魔法で弾いていく少女。 だが紳士の猛攻は凄まじく、上からだけでなく左右から下方からと縦横無尽に凶刃を振い、相手に反撃する余裕すら与 えず、また一切の躊躇も無く少女を圧倒する。 その衝撃と振動が半円形のシールド越しに彼女の腕へビリビリと伝わり、相手が恐るべき怪力で刃を叩き込む度に少女 の身体は、そのまま後方へジリジリと押されて行く。 ”このままでは……” 「ブリッツキャリバー、お願い!」 《All right!Knuckle Duster!》 主からの指示にデバイスが応えるや、空カートリッジを排出しながら魔力を充填、少女の左腕でリボルバーナックルが 唸りを上げて始動する。 回転するリボルバーフィンが風を切り、高速で繰り出された少女の左拳が火花を散らしながら、猛然と振り下ろされた 紳士の刃を弾き返す。 一瞬の隙を突き反撃へと転じる少女。 その両足に装着したローラーブーツを稼働させ、その勢いを借りて繰出した脚撃を、目前に立ちはだかる”怪物”に向 かって素早く叩き込む。 その反撃を黒服の紳士は、後方に向かってバックステップで高く跳躍しながら、わずか数mmの差で避け切った。 再び双方が互いに間を空けて睨みあう中、身構える少女の胸元から不意にパキン!という不吉な音が響く。 「っ!?こ、これは……」 すぐさま自身の身体へと視線を向ける少女。 見れば胸元をガードする銀色のプレートに、酷いヒビ割れが大きく斜めに刻まれていた。 「なるほど。つまり貴女は、この世界のサムライという訳ですな」 その言葉に少女が顔を上げると、そこには大きく千切れ跳んだ外套の裾を、仕込みの鞘を持ったまま左手で軽く摘まみ 上げる紳士の姿が見えた。 「これは面白い。では尚の事お相手せねば、無礼になりますな」 挑発の言葉に物静かな殺意を滲ませながら、右手に持つ両刃を握り直す黒服の紳士。 「……望む、ところです!」 そんな相手を前に少女は、キリキリと音を立てて両の拳を握り締める。 その瞳の色を澄んだグリーンから、自身の怒りを表すかの如く黄金色へと変えて...... **************************************** 「頼むッスよぉギンガ…ヤバくなったら直ぐ逃げるッス。逃げなきゃ駄目っス!」 そう不安げに呟きながらウェンディは、姉の身を案じつつ眼下で行われる闘いを、自身のデバイス”ライディングボー ド”の上から固唾を飲んで見守った。 「に、逃げろよギンガ!あんな、あんなバケモノ相手に一人じゃ……」 武器を構える魔導師達に混じって同じくノーヴェが、まるで悪意の化身が如き”怪物”を相手に、たった一人で果敢に 戦いを挑む姉の姿を食い入る様にして見詰める。 それは彼女たちだけでは無く、その場に居た全員が身動ぎすら出来ぬまま、目前で繰り広げられる死闘に見入る事しか 出来ないでいたのだ。 もう既に銃声やデバイスの射撃音は止み、静まり返った表通りでは、無残に破壊されスクラップと化した車両から噴き 出す炎が、辺りを煌々と照らす中で二つの影が激しく火花を散らしていた。 「いったい貴方は、何が目的でこんな事を!?」 リボルバーナックルの少女ギンガが問い掛ける。 自身に向かって刃を振う”怪物”に対し、己の拳と共に叩きつける様にして。 「もし御自分の事を利口だと御思いなら、理由はご自身で考えなさい」 だが彼女の問い掛けに対し、あくまで黒服の紳士は挑発の言葉でもって応える。 そのスキップを混じえた優雅な跳躍で、ダンスでも舞うかの如く相手を巧みに翻弄しながら。 「良いですな、フォックストロットは得意中の得意ですぞ」 「黙りなさい!!」 闘いの相手を侮辱するかのごとく、この死闘を社交ダンスの舞に例える黒服の紳士。 そんな彼の挑発に乗るまいとギンガは、己が内から湧き上がる炎の如き怒りを必死で抑える。 だが黒服の紳士は無駄な動作を一切見せず、彼女の繰出す攻撃を全て左手に持つ仕込みの鞘で弾き、更には軽やかなス テップで右へ左へと風の様に素早く移動しながら、相手の死角へと周り込んでは鋭い刃を猛然と振った。 その度にギンガは展開した防御魔法と、左腕のリボルバーナックルで相手の斬撃をブロックするが、それでも避し切れ なかった刃が、彼女の体に痛々しい傷を幾つも刻んで行く。 「……も、もう、見てられないっス!」 闘いの行方を上空から見守っていたウェンディだったが、時間が経つにつれ傷だらけになっていくギンガの姿を目の当 たりにし、遂に堪え切れなくなったのか援護に向かう為、自身のデバイスに指示を出そうとする。 ......だが 【駄目よ!二人とも、そこに居て!】 リンクを通じ上空のウェンディと、そして陸士達とともに地上で闘いを見守っていたノーヴェの元に、逸る二人を押し 留めるギンガの声が響いた。 【でも、このままじゃあ……】 そんな妹の言葉を振り切るかのごとく彼女は、先行きの見えない闘いに終止符を打つべく、思い切った手に出た。 黒服の紳士が繰出す両刃の刺撃をギリギリで避け、その刃が左わき腹を掠める痛みを堪えながら、踏み出された相手の 膝を足場に相手の頭上を高く飛び越えながら...... 「ウィングロード!!」 《All right Master!》 デバイスに向かってギンガが指示を飛ばすや、パープル色の輝きを放つ帯状の魔法陣が空中で展開。 その上を彼女がローラーブーツを稼働させながら、その青い長髪を風に靡かせる様にして高速で走り抜ける。 そして加速しながらウィングロードの上から、眼下で両刃を構える黒服の紳士に向かって左拳を叩き込む。 フィンが唸りを上げて風を切り、凄まじい勢いでリボルバーナックルが繰り出され、それを紳士が空かさずブロックす るも、眩い程の火花を散らしながらギンガの左拳が彼の左手から仕込みの鞘を弾き飛ばす。 その勢いのまま更にギンガは身体を素早くスピンさせ、右からの脚撃を相手に向かって猛然と叩き込む。 それは紳士の着る黒い外套の裾を更に千切り飛ばし、その下に着ていた紳士服の脇を大きく切裂く。 その瞬間、周囲で見守っていた陸士や魔導師達の間から、ドォっ!と歓声が上がった。 それでも怯む事無く黒服の紳士は素早くバックステップで跳躍し、相手との間を取るや右手に持つ両刃を脇に構えて左 手を添え、ギンガに向かって路面が抉れるほどの踏み込みで猛然と刺突を繰出す。 すぐさま彼女はローラーブーツを急稼働させ、その切っ先を紙一重で回避しながら跳躍し、相手の頭上を飛び越えなが らウィングロードを展開する。 だが、それを見るや黒服の紳士は近くのビルに向かって数歩駆け出したかと思うや、またも踏み込みで路面を抉りなが ら高く跳躍し、そしてビルの壁面を足場にして更に高く跳躍する。 そのままウィングロードを走るギンガの真上へと来るや、空中で右手に持つ両刃を大きく振り上げた。 「っ!?ディフェンサー!!」 間一髪入れず防御魔法を展開し、すぐさま頭上からの攻撃をブロックするギンガ。 だが次の瞬間! 彼女が展開した半円形のシールドと黒服の紳士の間で突如、稲妻の如き閃光が奔ったかと思うや、まるで地震でも起こ ったかの様に表通り一帯を激しい揺れが襲い、その場に居た者全員が脚を取られ倒れそうになった。 もうもうと立ち込めた粉塵が辺りを覆う中で、闘いの行方を上空から見守っていたウェンディが目にした物は、まるで クレーターの様に大きく抉れた道路と、その中心で仰向けの状態で大の字になって倒れる...... 「ぎ、ギンガ!?そんな……」 **************************************** 「いやいやいや、貴女のその勇気と闘志には、流石の私も感服いたしました」 感嘆の溜息を漏らしながら黒服の紳士は、右手に持っていた両刃を拾い上げた仕込みの鞘へと戻し、そして道路上に出 来たクレーターへと降り立つ。 上空で見守っていたウェンディを含め、周囲の者たちには何が起きたのか直ぐには理解出来ないかった。 あの時、ウィングロードの上を疾走するギンガの頭上へと、黒服の紳士が高く跳躍した時、その攻撃をブロックする為 に彼女が防御魔法を展開した瞬間である。 その半円形のシールドに向かって紳士は、振り上げた両刃では無くグリップを握り締めたままの右拳を、落下速度を利 用する様にして叩き込み、展開したシールドごと相手の身体を下の路面へと叩き付けたのだ。 まるでガラスの如く粉々に砕け散ったシールドが今、クレーターの中に横たわる主の上へと、パープル色に輝く粒子と なって音も無くゆっくりと降り注いでいた。 「しかしそんな貴女も、ニューヨークで私を捕えたサムライに比べれば……」 死闘の末にヨレヨレとなった外套を揺らしながら黒服の紳士は、凄まじい衝撃と共に全身を路面へと叩き付けられ、傷 だらけで身動きのとれぬ状態となったギンガの傍らへと立った。 「……残念ですが、今一歩と云う処ですかな」 「くっ!」 苦悶の呻きとともに悔しげに睨む彼女を、紳士は悠然と見下ろす。 それを見て遠巻きに包囲していた陸士や魔導師達が、一斉に銃器やデバイスを構えるも誰ひとりとして、そのトリガー を引き絞るまでには至らなかった。 その場に居た全員が、目前に立つ”黒衣の怪物”を恐れていたからだ。 もし今その内の誰かが発泡すれば怒り狂った”怪物”が、恐るべき刃を抜いて更なる死体の山を築く事になる。 何も出来ぬまま皆がボロボロに傷付いたギンガを、その傍らから見下ろす黒服の紳士の姿を、身動ぎすらも出来ずに凝 視していた時である。 「止せッ!今すぐ彼女から離れろ、このバケモノ!!」 その声にクレーターの中から紳士が陸士達の方へと顔を向けると、そこには制服姿の青年が一人アサルトライフルを手 に、陸士達の列から飛び出そうとする姿が見えた。 「駄目です陸尉!行っちゃ駄目です!」 「は、放せ!皆なにしてんだ!?このままじゃ彼女が……」 額から血を流しつつも彼は、自身を引き留めようとする陸士達の手を振り払い、たった一人で”黒衣の怪物”に立ち向 かおうとしていたのだ。 「頭冷やしなさいラッド!そんなライフル一丁で、あんな怪物相手に勝てるとでも……」 「止めないで下さい!あのままじゃ、あのままじゃ彼女が、ギンガが殺されちまう!!」 「だからって!いま行ったらアンタまで返り討ちにされんのがオチよ!」 周囲に居る仲間たちだけではなく、友人と思しき私服の女性に背後から羽交い絞めにされながらも、制服の青年ことラ ッド・カルタス陸尉は今まさに傷付き倒れた部下を救わんとしていた。 そう彼の叫ぶ言葉の通り、このまま何もしなければ皆の為に命懸けで怪物に立ち向かい、そして凄まじい死闘を繰り広 げた末に傷つき倒れた仲間を、むざむざと見殺しにしてしまう事になる。 だが今あの怪物と闘って倒せるだけの力と勇気を持った者は、その場には誰も居なかった。 思い切った行動に出られぬジレンマに皆が焦燥感を募らせる中、それを見ていた黒服の紳士が物静かに口を開いた。 「もしかして、あの方は貴女の恋人?それとも婚約者ですかな?」 落ち着いた声で問い掛ける彼の言葉に返事をする事無くギンガは、ただ黙ったまま黄金色から再びグリーンへと戻った 瞳を潤ませながら、彼女を救おうとして叫ぶラッドの声が響く方へと顔を傾けていた。 ”主任、みんな……ごめん” そう心の中で呟く彼女の目からは、いつしか熱い涙の滴が零れ始めていた。 「では御心配無く。その貴女の闘志と……」 そんな彼女の姿を見下ろしながら紳士は、その右手を徐に懐へと差し入れると、わざとゆっくりとした動作で何か細長 い物を抜き出した。 それは銃剣...... 古風で、しかも刃渡りが40cmはあろうかという異様に長い銃剣 その研ぎ澄まされ鏡の如く磨き抜かれた刀身が、暗闇の中で鋭く妖しい輝きを放った。 「そして貴女の恋人に免じて、苦しまぬよう一息で……」 一瞬間を置く様にして黒服の紳士は、まるでサーベルの様に長い銃剣を逆手に素早く持ち替えたかと思うや、それを大 きく高く振り上げ、その切っ先を眼下に横たわる少女の胸元に目掛けて一気に...... 「ヤぁめろぉぉーー!!!」 「ギンガぁぁーー!!!」 周囲の仲間達に引き留められながらカルタスが、そして上空でウェンディが上げた叫び声が重なり合って響く。 と次の瞬間! デバイスの凄まじい射撃音が辺りの空気を震わせ、放たれた魔力弾が紳士の右手から銃剣を弾き飛ばす。 弧を描く様にして落ちた刃が、堅いアスファルトの路面上で甲高い金属音を響かせて撥ねた。 ほんの一瞬ではあったが突然の事に彼が、空になった自身の右手を呆然と眺めた時...... 「 させるかよォ!! 」 その力強い叫びを聞き黒服の紳士が、いやその場に居た全員が一斉に声の聞こえた方向へと視線を向ける。 そこに見えたのは右腕に装着したガンナックルを構え、先に倒された姉と同じ黄金色の瞳で目前に立つ”怪物”を見据 えながら、紅い短髪を振りみだす様にして立つ少女の姿。 自身が倒れている場所からは姿こそ見えなかったものの、叫び声を聞き驚きの表情を浮かべるギンガの口から、その少 女のものと思しき一つの名前が零れ落ちた。 「……の、ノー…ヴェ?」 ・・・・・・Until Next Time
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3292.html
今から150年以上前…あらゆる次元世界に戦いが蔓延していた頃、ミッドチルダに三人の魔導師が存在した。 三人の魔導師は、ミッドチルダ南西部のとある地方において謎の石を発見する。 その石は真っ二つに割れたかのように欠けていて、外見はただの石であった。 …しかし石の内部には謎のエネルギーが残留しており、更にそのエネルギーを解析すると、 エネルギー内には魔法技術や質量兵器技術、果ては様々な世界の歴史など膨大な知識が保存されており、 中には伝説級のアルハザードの技術や情報、神話級の魔法技術や情報が蓄積されていたのである。 …これらの情報を知った三人の魔導師は、ある野望を抱く事となる。 この情報と技術を応用・併用すれば、この次元世界を纏め上げ事すら不可能ではない。 それは正に神の所業、つまり我々は神になる事が出来る… 三人の魔導師は互いに協力し合い、神になる為の道を歩み進む事となった… リリカルプロファイル 第二十八話 角笛 …その後、三人の魔導師は石の情報を基に次元世界を纏め上げ平定、 75年後にミッドチルダに時空管理局を設立し、三人は最高評議会と名を変え表舞台から姿を消す。 設立から月日が経ち、石を中心とした巨大なデータベースを保有した超巨大次元船を設立、 その後次元船は本局と名を変えデータベースもまた無限書庫と名を変え現在に至るのであった。 そして現在…ミッドチルダに東部の森に存在する洞穴の前に三人の人影が存在する。 ヴェロッサ、シャッハ、アリューゼである、彼等はなのは達がセラフィックゲートに向かっている頃 スカリエッティの居場所兼ラボである聖王のゆりかごへの潜入と魔法技術のルーンを解除の為に、 ティアナによって齎されたディスクの情報を頼りに此処へと赴いたのである。 「…しかし来たのはいいが、どうやって潜入する?ルーンって奴で存在次元を曲げられてんだろ?」 「勿論、此方にもそれなりの用意はあるさ」 アリューゼの疑問にヴェロッサは答えると、懐から液体が入った二つの瓶を取り出す。 ルシッドポーション、これは無限書庫に記載されていたルーンの情報を基に、一時的に存在次元をずらし透明にするものであるという。 つまりはルーンが起動している時と同じ現象を作り出す代物なのだが、効果は五分程度であるのが弱点であると付け加える。 「でも五分もあれば僕のレアスキルで潜入することは可能だからね」 そう言うとヴェロッサの下に半透明の猟犬が多数姿を現す、ウンエントリヒ・ヤークトと呼ばれるヴェロッサの魔力を用いて 目視や魔力深査に対し高いステルス性を誇る猟犬を作り出すレアスキルであり、 更にコンピュータにアクセスしての情報収集や、障害物を通り抜けたりする事も出来るのである。 そして今回はルシッドポーションを猟犬に振りかけることで、効果を与え侵入を可能とするものであった。 「でも…君が潜入するとはねぇ」 「何だ?まだ文句があんのか?」 …本来アリューゼはこのような任務は得意ではない、寧ろシャッハの方が能力的に適している。 しかし今回はアリューゼたっての希望でヴェロッサ達に嘆願し、シャッハに代わって潜入する事になったのだ。 「まぁいいさ、とりあえずがんばって」 ヴェロッサは一つ挨拶を交わすと開始時間となり、アリューゼは受け取った瓶の中身を飲み干し ヴェロッサは猟犬達に振りかけると徐々に姿を消し見えなくなる。 だが本人達は消えた事が分からないようなのであるが、五分しか保たない為に急いで洞穴を通る。 …比較的長い洞穴を駆け足で抜けると広い空洞に当たり、中には巨大な船の姿がある。 「これが…ゆりかごか……」 〔惚けてる時間はないよ〕 猟犬からヴェロッサの窘める言葉が響く中で、入り口らしき場所を見つけると 猟犬は早速ハッキングを仕掛け、直ぐに扉を開けると飛び込む形で乗り込み直ぐ様扉を閉める。 「大丈夫なのか?」 〔うん、痕跡は残していないからね〕 直ぐにバレるようじゃ査察官は務まらないと猟犬から笑い声が響く中で、 ヴェロッサは直ぐに真剣な口調へと変え此処から先は二手に別れようと提案する。 自分は引き続きルーンの解除とスカリエッティの居場所の詮索 アリューゼはアリューゼが望む事をしてくれと説明を終える。 「気付いていたのか……まさか!てめぇ思考捜査を!?」 「…君は簡単に顔に出るんだよ」 嘆願の頃からアリューゼは何かを胸に秘めていたのが分かっていた、だからシャッハも快く代わってくれたと話すと 頬を掻いてばつの悪そうな顔をするアリューゼ、それを後目に猟犬はゆりかごに放たれ、 アリューゼもまた自分のすべき事の為、先に進むのであった。 場所は変わり翌日の朝、此処はミッドチルダ北部聖王教会から更に北に位置する雪に覆われた巨大な山 此処は年中雪に覆われており、梺の村では大雪山と呼ばれている場所でもある。 その極寒の地の奥にある木々が大茂る森の中に、一カ所だけ切り取られたかのように草木が生えていない場所がある。 其処には青い線で描かれた魔法陣が刻まれており、その前に一人の女性が立っていた、メルティーナである。 メルティーナは無限書庫の情報によりこの場所を知り、なのは達を送った後此処へ赴いたのだ。 そしてメルティーナは徐に魔法陣に手を伸ばし触れると、無限書庫で得た詠唱を始める。 「…極寒の地にて眠りし冷厳なる魔狼よ…我が前に姿を現せ!!」 すると魔法陣が輝き出し、中央から巨大な狼が姿を現す。 メルティーナが呼び出した狼は、かつてこの地域で信仰されていた伝説の狼なのであるが 傲慢な態度と我が儘な行動で誰にも従わず好き勝手に暴れまわり、 結果的に人々から畏怖の念で見られ此処に封じられた存在なのである。 そんな狼の体は大きく氷のような青い体毛に覆われ、首下には金色の首輪が付けられており、 目は赤く輝き口から白い息が漏れ出す中で、狼はメルティーナに問い掛ける。 「俺を呼び出したのは貴様か?」 「そうよ、私の名はメルティーナ、率直に言うわ、アンタの力が欲しい!!」 メルティーナは狼に指を指して答えると、狼は大声を上げて笑うとメルティーナの申し出を断る。 狼曰く…俺は俺の為に生きており、誰かの…ましてや女に使役されるつもりは無いと、傲慢に満ちた表情で答える。 だがメルティーナも負けてはおらず徐に左手を狼に見せると其処には、金色の絹糸のような紐で出来た腕輪が付けられており、 その腕輪を見た狼の表情が一転する。 「貴様!何故それを…グレイプニルを手にしている!!」 メルティーナが身に付けている腕輪の名はグレイプニル、狼の首に付けられた金色の首輪と同じ材質で作られた封印の切っ掛けとなった代物である。 …かつてこの地を訪れた高僧が片腕と引き替えに取り付けた物で、この腕輪を身につけた者に逆らう事が出来ず それにより狼は封印され、腕輪はこの地に安置されていたのだが、管理局が腕輪をロストロギアと判断した為、場所を本局へと移し 永らく本局の保管庫内で埃を被っていたところを、無限書庫の情報によって知ったメルティーナがパクっ………借りたのである。 「これさえあればアンタは私に逆らえない!」 メルティーナは狼以上に傲慢な態度で挑むと歯噛みしながら睨み付ける狼。 しかしどれだけ悔しがってもメルティーナに逆らうことは出来ない 何故ならグレイプニルは狼の動き全てに作用し、封じられ果ては意志に背いた形で動きを操られしまうからである。 それを知っているからこそ、メルティーナはあの様な横柄な態度をとれるのである。 ……尤もメルティーナ自身の度胸も関係してはいるのではあるが…… 「ぬぅ……仕方あるまい…しかし!寝首をかかれる覚悟はあるのだろうな!!」 「ウルサいわね!アンタは私の飼い犬になっていればいいのよ!!」 狼の威圧もメルティーナは横暴な態度と言葉で一刀両断し 口を紡ぐ狼を見て更に見下すメルティーナであった。 場所は変わり此処はゆりかご内の施設、中ではナンバーズ達が最終決戦に備えて模擬戦を行っており、 その中には戦闘スーツで身を飾ったギンガの姿もあり、すっかり馴染んでいる様子であった。 「では各自励むように…以上!!」 トーレの掛け声を合図に解散するとチンクとトーレは最後の調整として話し合い始め ギンガはディエチと共に食堂へと赴こうとしていると、そこにノーヴェとウェンディが姿を現す。 「どうしたの?二人とも」 「二人に質問ッス!どうやったら二人みたいなコンビネーションが出来るんッスか!!」 今回の模擬戦の中でギンガはディエチと組み、ノーヴェはウェンディと組んで行った。 結果は一目瞭然でギンガの動きに合わせてディエチはウェンディの動きを牽制 ノーヴェは真っ向勝負をかけるが、ギンガの動きはフェイントで、実はウェンディを狙っており ノーヴェはすぐさま追おうとしたところをディエチに出鼻を挫かれ ウェンディは焦りながらエリアルショットにてギンガを迎撃しようとするが難なく回避 ライディングボードごとウェンディを叩き付け吹き飛ばし、一方でノーヴェはディエチの下へ向かおうとするが、 ディエチは既にイノーメスカノンからスコーピオンに持ち替え迎撃、ギンガ達の勝利で幕を閉じたのである。 二人の息の合った動きと更に言えばギンガの能力はノーヴェと酷似している為に、参考として聞きに来たのである。 すると二人の向上心に感心したギンガは快く応じ、その中で休みたいのに引っ張り出されるディエチであった。 その頃レザードの自室では席に座ったレザードがナンバーズ達とギンガの仕上がりを確認していた。 仕上がりは良好で、特にギンガの洗脳は今までゆりかごで暮らしていたかのように順応しており、 順応こそが最大の洗脳効果である事を証明していた。 一方で戦闘面での仕上がりも良好で並の魔導師や不死者では相手にならない程まで成長している…と践んでいると、 後方から助手であるクアットロが資料を持って話しかけてくる。 「博士!強化型の不死者の量産の目処が付きましたよぉ」 「それはよかった、では見せて貰いましょうか」 レザードはクアットロが手にした資料を受け取ると流し読みする。 資料にはドラゴントゥースウォーリアを始め、自爆を主としたウィル・オ・ウィスプ、後方支援に適したイビル・アイ、 三体の獣を合成したパラミネントキマイラ、高い回避率を持つグレーターデーモンなど 今までとは全く異なる強力な不死者の量産成功が綴られており、 流石のレザードも眼鏡に手を当て喜びの笑みを浮かべ、それを見ていたクアットロもまた笑みを浮かべていると レザードのデスクのモニターに目がいき、つい質問を投げかける。 「博士?これは?」 「ん…これですか?対エインフェリア用の強化プランですよ」 三賢人が造り出したエインフェリアは高性能で、多数の不死者で相手をしたとしても焼け石に水の状態は目に見えている、 その為、質に対し量で適わぬのなら質を上げるしかないという考えに至ったレザードは、 スカリエッティと共同でナンバーズのレリックウェポン化を決定したのだという。 かつてレリックウェポンに使われているレリックは危険なロストロギアであったのだが 二人のレリックウェポンやベリオンなどのデータにより、安定した魔力を供給することが出来る 安全な高エネルギー資源へと生まれ変わった為、今回の強化プランを実行出来たのだという。 レリックによる強化は身体強化が主なのであるのだが、 トーレはインパルスブレードの出力強化、チンクはヴァルキリー化の際の能力向上 セインはフィールドを用いた対消滅バリアを展開し、バリア・フィールドに覆われた場所もダイブする事が出来るようになり セッテはブーメランブレードをクロスに重ね手裏剣のような形で投げれるようになった事と、回転速度・精密度などの向上 オットーは更なる広域攻撃化と結界の強化、ノーヴェは失った右足の強化と 両足に加速用のエネルギー翼を展開する事でA.C.Sドライバークラスの突進力を実現させ ディエチは超遠距離の精密射撃の実現と弾頭の軌道操作能力 ウェンディはセインと同様の対消滅バリアをライディングボードに展開させる事が出来るようになり ディードはツインブレイズのエネルギー刃を伸ばすことが出来るようになり、四階建てのビルなら両断出来る程の能力などが加わるのだという。 「へぇ~それで博士私は?」 「……貴女は前線に出ないでしょう?」 クアットロは不死者及びガジェットの操作・制御を主にしている故に 強化プランは必要無いと肩を竦め答えるレザードに対し、心なしか残念そうな顔をするクアットロであった。 場所は変わりスカリエッティの研究施設では、ゆりかごの調整に勤しんでいた。 そんな施設の中で二つの似つかわしくない物が存在している、 一つは左手用で指先が鋭い金属で出来たグローブ型のデバイスと 刀身が艶のある黒に禍々しい印象を感じる飾りが付いた鍔と片手用に短くなった柄の片手剣である。 剣の名は魔剣グラム、かつて手に入れた妖精の瓶詰めを基に錬金術により変換した オリハルコンを材料に造られた剣型アームドデバイスである。 恐らくこの世界で、レザード以外にアーティファクトを元にしたとはいえ、オリハルコンを作成したのはスカリエッティだけであろう。 そしてもう一つは防と縛に特化したアームドデバイスで、此方は流石にオリハルコン製ではない。 その二つのデバイスを目にしたウーノはスカリエッティに質問を投げかける。 「ドクター?これは一体……」 「あぁ、私専用のデバイスだよ」 今回の戦闘は総力戦といっても過言ではない、自分が育てた“愛娘”達が負ける事はないと思うが 万が一乗り込められた場合を想定して造ったと語ると ウーノは胸に手を当て大声を上げてスカリエッティに訴えかける。 「大丈夫です!もし攻め込められたとしても、私が命を懸けて―――」 「いや…ウーノにはもっと重要な任務がある」 そう口にすると突然席を立ち、徐にウーノの唇に優しく手に掛け顔を近づけ、スカリエッティの突然の行動に顔を赤らめ目線を逸らそうとするが、 スカリエッティの澄んだ瞳を避ける事が出来ず、じっと見つめ続けているとスカリエッティは静かに甘い吐息混じりで言葉を口にする。 「……私の子を孕め」 ウーノは他のナンバーズ、特に初期の三人の中で体の作りは人に近く、子供を孕む様に出来ている。 それに…もし自分が消える事になった場合、自分が生きた“証”を残しておきたい。 その一つは“歴史”であり、もう一つは“遺伝子”である、 そして“証”の内の一つである“遺伝子”をウーノに受け取って欲しいと告げる。 ウーノはスカリエッティの言葉を一字一句聞きながらもその瞳は逸らさず 話を終える頃にはウーノの瞳は妖美に満ち、徐に上着を脱ぎ捨て、たわわに実った果実を晒し出すと スカリエッティに抱き付き、更に首に手を回して見つめ合うと、甘い吐息を吐くのように応えるウーノ。 「…私の体はドクターのモノです……」 その妖艶な笑みと口調にスカリエッティの理性が飛び、口付けを交わしながら実った果実に手を伸ばし 倒れ込むように押し倒して、二人の濃密な時間が流れ始まるのであった…… 場所は変わり翌日の夜、聖王教会の会議室に対策本部を設置したクロノはユーノを始め本局、 ゲンヤを始めとした地上本部と共に今後の対策を練っていた。 しかしその面子の中にカリムの姿はなかった、彼女は自室にて翻訳された予言を読み返していた。 予言の大半を読み返していると一つの文に目が行く、それは―― “神々と死せる王が相対する時、神々の黄昏を告げる笛が鳴り響く”である。 神々とは恐らく神の三賢人の事であろう…しかし死せる王とは一体誰のことを差すのであろう… 歪みの神はレザード、無限の欲望はスカリエッティというのは、既に明らかにされている。 今回の事件の張本人達が次々に明らかにされていく中で、死せる王が誰なのからない… 故に不安は未だ拭えず眠れぬ夜が続いているのであった。 翌日の昼、今日も朝から議論が交わされている中で一報が届く。 それは神の協力を得る為に向かったなのは達機動六課前線メンバーが、今し方帰ってきたというものである。 その一報を聞いた対策本部はざわめき始める、なのは達は神の協力を得られたのか?それとも敗北による撤退だったのか? いずれにしろ報告する為ここに顔を出すだろう…クロノがそう考えていると対策本部にノック音が響く。 クロノは返事をするとなのは達が部屋へと入り、その顔は今までとは異なる程自信に満ちていた。 その表情に淡い期待を胸に秘めながらクロノはなのは達に問い掛ける。 「先ずは無事に帰って来て何よりだ……それで神の協力を得られたのか?」 するとなのはとフェイトは互いに目を合わせ頷くと、腰に添えてある杖を見せる。 この杖は神の協力を得た証拠であると話すと、対策本部は一斉に沸き立ち 歓喜に満ちる中でユーノがなのはに抱きつきながら激励を込める。 「やったね!なのは!!」 「ちょ!?ハシャぎ過ぎだよユーノ」 そう言ってなのはは顔を赤らめ照れていると、その様を見たはやてが出発前の事を思い出す。 …そうだ!無事生還したらなのはと共にお祝いの赤飯を炊かねばならんかった… はやては歓喜に満ちた対策本部をこっそり抜け出して、食堂にある厨房へと赴く、 そして暫くすると対策本部には赤飯に鯛の尾頭付き、更にビフテキにカツカレーなどがズラリと運ばれて来た。 今回の祝杯と今後の栄喜を養う為に、はやて自らが腕を振るい更に監修して用意したようである。 対策本部は一時宴会場と変わり、飲めや歌えやの大騒ぎとなっていた。 翌日、場所は変わりスカリエッティの指揮の下、ゆりかごの最終チェックが行われていた。 ゆりかごは当初、激しく損傷していたのだが、長い時間をかけて修復を完了 そして動力炉に繋がれた聖王の遺伝子を所有したベリオンによる動力炉の起動確認も完了し、 更に余ったレリックを使う事で動力エネルギーを手にする事が出来た。 後はこの最終チェックを完了させればゆりかごを起動させる事が出来る、 すると其処にレザードとクアットロが姿を現す、レザードの方は既に準備が完了しており、 後はスカリエッティの演説と“ゆりかごの主”の合図を待つばかりであると。 その時である、いつもいる彼女がいない事に気が付いたレザードはスカリエッティに問い掛ける。 「おや?ウーノの姿が見当たりませんが?」 「あぁ、ウーノは船を下りたよ」 スカリエッティは最終チェックを行いながら淡々と答える。 ウーノには重要な任務を与えた、しかしそれは此処ゆりかご内で出来る事ではない為 彼女を船から降ろし任務に専念して貰ったのだと語る。 その為、ゆりかご内の防衛及びガジェット・不死者の官制はクアットロに全て任せると告げると ウーノの代わりとはいえ責任ある任を受け、笑みを浮かべ喜ぶクアットロを後目に、逆にスカリエッティが質問を投げ掛ける。 「ところで“聖王”の方はどうなんだい?」 すると眼鏡に手を当て不敵な笑みを浮かべると話し始める。 “聖王”には“聖王”としての自覚を持たせ、更に王の印たる二つのレリックを取り付ける事により、 “聖王”として完成を迎え、今はゆりかご内に存在する王の間にてその時を待っていると。 …ただ、今の“聖王”はかつての姿とは異なり“貫禄”が身に付いていると語る。 「ほう…それはすばらしい、では早速行こうか」 レザードの会話の中で最終チェックを済ませたスカリエッティは席を立ち、 王の間へと向かうと、あとに続くレザードとクアットロであった。 そして夜…聖王教会の対策本部にはまだ灯りが灯っており、昼夜問わず議論が重ねていた。 その時である、議論を提示するモニターにノイズが走り映像が切り替わると、スカリエッティを映し出した。 この電波ジャックはミッドチルダ全土に及び、なのは達は待合室でその様子を観察していると 映像のスカリエッティは狂気に満ちた表情でゆっくり口を開き始める。 「ミッドチルダに住む諸君…久し振りだね、私を覚えているかい?」 …誰もが忘れる訳が無い、地上本部壊滅の一端を担い世界を破滅に導く存在を… そんなミッドチルダ全土の思いを後目にスカリエッティは話を続ける。 …いよいよ彼等は動き始める、今までの時間はミッドチルダを壊滅させる為の準備期間であったと。 「見たまえ!これが我々の戦力だ!!」 すると映像は引き絵に変わり、画面には夥しい数のガジェットと不死者が犇めいており、 ガジェットには新たな武装が追加され不死者も今までとは異なる凶悪さが垣間見てとれた。 スカリエッティ曰わくガジェット及び不死者はこれで全部なのではなく 至る場所に量産施設が存在し、其処から無数の軍勢として姿を現すと饒舌に語る。 「だが…コレだけではない、我々は遂にベルカの王を復活させたのだ!」 スカリエッティは両手を広げ宣言すると映像は王の間に切り替わり、 左右にはナンバーズ達が立ち並び、その列にギンガの姿も存在していた。 一方でギンガの姿を見かけたスバルとゲンヤは思わず目を見開き、 スバルに至っては両膝をつき、そのいたたまれない姿にティアナはそっと肩に手を置く。 しかしその光景を後目に映像は続き、奥の王の座が映し出されると其処には一人の女性が座っている。 その女性の年齢は17歳前後で服装は黒を基調としたバリアジャケットと騎士甲冑を合わせた造りの服に 髪をサイドポニーで纏め、その髪型は普段のなのはと酷似していた。 そして女性は目を開くと左右が紅玉と翡翠色をしたオッドアイで、その目を見たなのははヴィヴィオである事を確信した。 …いや確信せざるを終えなかった、あの瞳を見る前からそうではないかとなのはは感じており、 実際にそれが合っていた事に対し、流石のなのはも動揺を隠せずいると 映像のヴィヴィオが立ち上がり一つ間を置いて言葉を口にする。 「…私の名は聖王ヴィヴィオ、このゆりかごの主にしてベルカの王である」 ヴィヴィオの口から放たれるその言葉は威厳に満ちており、その佇まいは風格すら感じる。 そしてヴィヴィオは自分達の目的を話し始める。 「我々の目的はこのミッドチルダを土台に我々の世界…新たなベルカを創り出す事にある」 元々古代ベルカは此処ミッドチルダに侵略する為に来た、 故に本来の目的を知ったヴィヴィオはミッドチルダと言う“土台”の上にベルカを設立すると語る。 その言葉に苦虫を噛むような表情で映像を見るはやて。 「冗談やない!私等は肥やしやない!!」 はやては対策本部の机と強く叩き吐き捨てるように言葉を口にすると、それに呼応するように周りの人々が一斉に頷く。 一方で、はやては同じく演説を聞いていたカリムの顔を見る、するとはやての行動に気が付いたカリムははやての顔を見てにこやかに微笑む。 「安心してはやて、幾ら彼女が聖王だったとしても教会は協力を惜しみません」 …確かにかつてベルカはミッドチルダに侵攻した、しかし今は友好的な繋がりが出来ている、 それを捨ててまで聖王に…ましてやスカリエッティにつく事は有り得ないと断言するカリム。 しかしヴィヴィオの演説はまだ終わってはいなかった。 「この世界の住人に出来る事…それは速やかに死ぬ事、抵抗は無意味…死を受け入れなさい」 そうすれば苦しむ事なく生から脱却できると言葉にすると、 間髪入れずに老成の声が辺りに響き渡る。 「…いつからミッドチルダは貴様達のモノになったのだ?」 するとモニターが二分割され、其処にガノッサが映し出されるとクロノは歯噛みしながら睨み付ける。 ガノッサの周りにはエインフェリア達がずらりと並び立ち、ガノッサは杖で床をつつくと話し始める。 「ミッドチルダに住む諸君、いよいよ時は満ちた!貴様等が我々の礎となる為のな!!」 すると映像は海上を映し出し、ルーンを解除したヴァルハラがゆっくりと姿を現す、 …今までの潜伏は戦力を整える為のものであり、既にそれが揃った今だからこそ行動に移すと息巻いた様に語るガノッサ。 「見よ!これが我々の切り札である!!」 ガノッサは杖を高々に上げると映像が切り替わり、二つの月が映し出され、その間に何かが出現する。 其れは巨大な赤い水晶体のようなものに両端には竜の翼を象ったものがあり、 そして水晶体の中心からは管が何本の伸びており、ラッパのように先端が広がった砲口に繋がれていて、砲口には竜を象った飾りが付いていた。 人々がその存在に困惑する中で、クロノの端末に独自の諜報員からのデータが今し方送られてきており、 それに目を向けると驚愕し、思わず映像に目を向け声を荒らげた。 「奴らなんて物を!!!」 「さぁ終末を告げる笛の音よ!今こそ奏でてやろう!!」 ガノッサは高々と上げた杖を振り下ろしながら宣言するのであった。 …場所は変わり此処はミッドチルダ西部エルセア地方、人々はスカリエッティと三賢人の演説に聞き見入り 空は満天の星空で雲が一切無く星々が人々の頭上で力強く輝く頃、 一つの赤く輝く星の光が徐々に輝きを増し更に巨大化すらしていき、 それが映像に映し出されている攻撃であると気が付いた頃には辺り一帯を赤く染め上げ 攻撃が大地に突き刺さると一気に広がりを見せ、その光はエルセア地方全土を包み込み 赤い光が一筋の光となって消滅すると、エルセア地方は巨大なクレーターとなってミッドチルダの地図から消滅したであった… この一部始終はミッドチルダ全土に流れており映像には巨大な魔力砲を撃ち終えた砲口が映し出されている。 「これが我々の切り札、その名もドラゴンオーブである!!」 ドラゴンオーブ、二つの月の軌道上に設置された巨大魔導兵器で、 左右の二枚の翼で月の魔力を受け止め、中央の赤い水晶体によって増幅・圧縮、 そして砲口にて加速され撃ち放ちその威力は一目瞭然、常軌を逸していた。 そして今の今までその存在に気が付かなかったクロノは八つ当たりするように机に向かって拳を振り下ろす。 「情報が………遅すぎる!!!」 一方で現場や他の地域はアリの巣をつついたかのような大騒動に発展しており、 その情報は対策本部にまで伝わっており、ゲンヤの指揮の下、対応を取り始める中 映像には未だガノッサとヴィヴィオが相対するように映し出されていた。 「我々はこの力でミッドチルダを破壊し全ての憂いを晴らし神の道を行く!!」 「そうはさせない、この世界は我々の世界の礎として必要な物である、破壊などさせてたまるか!!」 互いは相対しながら睨み合い、宣戦布告すると両者の映像が消え、 その中でカリムは一人、予言の一文を思い返していた。 …神々と死せる王が相対する時、神々の黄昏を告げる笛が鳴り響く…と…… 前へ 目次へ 次へ